第227回 改正民法に対応した賃貸借契約書作成のポイント
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- はじめに
今,民法(債権法)の規律が,大きく変わろうとしています。
「民法の一部を改正する法律」が,2017年5月26日に国会で成立,同年6月2日に公布され,改正民法の施行が2020年4月1日に迫ってきました。
本コラムでは,賃貸借契約にかかる改正についてご紹介させていただきます。
以下では,賃貸借契約の改正にかかる7項目について,実際の賃貸借契約書において必要な修正等にも触れながら,順次解説したいと思います(以下,改正民法の条項を引用するときは条文の冒頭に「新」と表記します。)。
- 存続期間(新604条)
賃貸借の存続期間の上限が,20年から50年に伸長されました(新604条)。
もっとも,特別法である借地借家法により,建物の所有を目的とする土地の賃貸借については,存続期間は30年以上とされ(同法3条,9条),建物の賃貸借についても,現行民法604条が除外されており(借地借家法29条2項),存続期間の上限を設けないこととされているため,これら社会経済上重要な不動産については改正の影響を受けません。
今回の改正は,大型プロジェクトにおける重機やプラント,ゴルフ場,太陽光発電パネル設置のための土地等にかかる賃貸借期間の長期化の要請によるものです。
- 敷金(新622条の2)
(1) 「敷金」について,「賃料債務等を担保する目的で賃借人が賃貸人に交付する金銭で,名目を問わない」という定義が明記されました(新622条の2・1項)。
賃貸借契約にあたっては,敷金のほか,地域によって「礼金」「権利金」「保証金」等の名目で金銭が差し入れられることがあり,その目的も様々なものがあったところ,名目にかかわらず,担保目的であれば敷金に当たると明確に整理されました。
(2) 敷金の返還時期及び返還の範囲に関し,①賃貸借が終了し,かつ,賃貸物の返還を受けたとき(新622 条の2・1項1号),又は②賃借人が適法に賃借権を譲渡したとき(同項2号)には,賃貸人は,賃借人に対して,未払賃料,損害賠償等の額を控除した残額を返還しなければならないと規定されました(同項柱書)。
これは,判例法理を明記したものであり,賃貸人,賃借人いずれの立場においても,契約書において改正民法のデフォルトルールを使用して特段問題はないと考えられます。
- 賃貸人の修繕義務・賃借人の修繕権(新606条,607条の2)
(1) 賃借人の責めに帰すべき事由によって修繕が必要になったときは賃貸人に修繕義務がないことが明記されました(新606条1項但書)。これは,改正前民法下の通説を明文化したものと解されています。
(2) また,今般の改正により,賃借人側からも修繕権を行使できるようになったことが特徴的です。
すなわち,賃借人の使用収益権を確保するため,①賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し,又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず,賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき,②急迫の事情があるときに,例外的に賃借人が修繕できることが明記されました(新607条の2)。
賃貸人の立場としては,賃借人による恣意的な修繕権の行使に基づいて費用償還請求を受けることを防ぐために,賃借人の修繕権の行使条件やその範囲を明確化する条項を設けることが推奨されます。
また,かかる賃借人の修繕権を全て排除して,契約書別紙として,詳細な修繕負担区分表を添付して修繕負担の明確化を徹底することも考えられます。
- 全部・一部滅失と賃料の当然減額・解除(新611条,616条の2)
(1) 賃借人の責めに帰すべき事由によらないで賃借物の一部が滅失その他の事由により「使用及び収益をすることができなくなった場合」には,賃料がその割合に応じて当然に減額されることとなりました(新611条1項)。
この改正については,①当然減額の始期及び当然減額の範囲が明らかではない,②「一部滅失その他の事由」の「その他の事由」が不明確である,という批判もあります。賃貸人の立場としては,当該規定を全面的に排除して,当然減額ではなく,従前と同様,賃借人からの減額請求の条項を維持することも考えられます。
(2) また,上記一部滅失その他の事由で,「使用及び収益をすることができなくなった場合」において,残存する部分のみでは賃貸借の目的を達成することができなくなったことを理由とする解除が認められるようになりました(新611条2項)。
(3) さらに,賃借物の全部滅失等により賃借物の全部の使用収益をすることができなくなった場合には,賃貸借契約は当然に終了するという判例法理が明文化されました(新616条の2)。
- 原状回復義務(新621条)原状回復義務(新621条)
賃借物に損傷が生じた場合には,原則として賃借人は原状回復義務を負いますが,通常損耗(賃借物の通常の使用収益によって生じた損耗)や経年変化についてはその義務を負わないというルールが明記されました(新621条)。
この点については,後日の紛争を避けるためにも,契約書に,通常損耗・経年劣化の具体的内容を記載しておくことが望ましいと考えます(「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」(国土交通省住宅局)参照。)。
- 賃貸人たる地位の移転(新605条の2,605条の3)
(1) 賃貸不動産が譲渡された場合,賃貸人たる地位が譲受人に当然承継するという判例法理(新605条の2・1項),賃貸人たる地位の移転は,譲受人への当該不動産の所有権移転登記をしなければ,賃借人に対抗できないという判例法理(同条3項)がそれぞれ明記されました。
(2) また,賃貸不動産が譲渡された場合,実務上,賃貸人たる地位を旧所有者に留保するニーズがあるところ,判例は,自己の所有家屋を他に賃貸している者が,賃貸借の継続中にその所有権を第三者に移転した場合,特段の事情がない限り,これに伴って賃貸人の地位も第三者に移転することを前提として,旧所有者と新所有者との間で賃貸人たる地位の留保の合意がなされても,前記特段の事情があるとはいえないと判断しておりました。
これは,単に賃貸人の地位を留保する合意により賃貸不動産の所有権のみを移転させると,賃借人は旧所有者との間では転貸借の関係に立つこととなり,仮に旧所有者と新所有者との間の契約が解除等で消滅すると,賃借人はその意思に反して新所有者からの明渡請求に応じなければならなくなり,かかる事態は賃借人にとって酷であるからです。
かかる判例の趣旨を踏まえ,今回の改正では,①賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨の合意に加えて,②当該不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をすることを要件とし,譲渡人と譲受人又はその承継人の間の賃貸借が終了したときは,留保されていた賃貸人たる地位が改めて譲渡人(旧所有者)から譲受人(新所有者)又はその承継人に当然に移転するというルールが明文化されました(新605条の2・2項)。
- 連帯保証(新465条の2,465条の10)
(1) 「一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約」(根保証契約)で,保証人が個人の場合,極度額を定めなければならず(新465条の2・1項),極度額の定めがなければ無効(同条2項)となりますので(強行規定),賃貸借契約における保証人が個人の場合は,注意が必要です。
(2) 賃借人(主債務者)が事業のために賃借する場合で,かつ,保証人が個人の場合には,契約締結時の賃借人(主債務者)から保証人に対する情報提供義務が課されました(新465条の10・1項)。
提供すべき情報は,①財産及び収支の状況,②主債務以外の債務の有無,その債務の額,その債務の履行状況 ,③担保として提供するもの(例えば,ある土地に抵当権を設定するのであれば,その内容)です(同条項)。
かかる賃借人(主債務者)の情報提供義務につき違反があった場合(情報提供懈怠又は事実と異なる情報提供),賃借人(主債務者)の情報提供懈怠又は事実と異なる情報提供を賃貸人(債権者)が知り,又は知ることができたときは,保証人は保証契約を取り消すことができます(同条2項)。
賃貸人の立場としては,かかる取消しを未然に防ぐために,賃借人が保証人に適正な説明を行っていることにつき,賃借人及び保証人から契約書において表明保証させることが望ましいと考えます。
- さいごに
以上,賃貸借契約にかかる改正の概要について,解説しました。
各企業様・各自治体様におかれましては,2020年4月1日からの改正民法施行に向けて,各種契約書の見直し,修正作業等に当たっていただいているところかと存じます。その際に,お困りのことやご不明な点等がございましたら,当事務所にご相談いただけたら幸いです。