第228回医師の自己研鑽の労働時間性―
『医師の働き方改革に関する検討会』の議論を参考に
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- ある日の内科医Aのスケジュールは,以下のとおりでした。なお,Aの雇用契約上,始業時間は8時30分で,終業時間は17時30分と定められていました。
さて,以下のスケジュールのうち,どの時間が時間外労働に該当するでしょうか。時間 内容 ① 8:00~8:30 出勤,朝礼 ② 8:30~11:30 診療・事務作業等 ③ 11:45~13:00 カンファレンス出席 ④ 13:10~13:40 昼食 ⑤ 13:40~15:30 学会,研究会の発表準備 ⑥ 15:30~17:30 診療・事務作業等 ⑦ 17:30~32:30 当直(夕食,仮眠時間含む),退勤 - 2019年4月から順次施行される働き方改革関連法において,医師への時間外労働の上限規制の適用は,その業務の特殊性ゆえに,5年間猶予され,2024年4月から適用されることとなっています。医師の働き方については,厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」(以下「検討会」といいます。)の中で,今後の規制方針等の検討が進められています。検討会においては,いわゆる医師の自己研鑽(上記スケジュール中⑤の時間)の労働時間該当性は,当直中の手待時間,オンコール等での待機時間(同⑦の時間)とともに,医師の時間外労働の上限時間数の検討に関して,実務上重要な論点として議論されています。そこで,今回は,この医師の自己研鑽の労働時間該当性についてお話しいたします。
- 自己研鑽はどのような職業においても重要ですが,特に医師等の医療職種については,その研鑽が良質かつ適切な医療の提供の可否ひいては患者の生命の安全に直接影響する点等が特徴的であると言われています。例えば,診療ガイドラインについての勉強,新しい治療法や新薬についての勉強,自らが術者等である手術や処置等についての予習や振り返り,自主参加の学会や外部の勉強会への参加・発表準備等,医師の自己研鑽に要する時間については,当該医師が常に一定水準の医療行為を提供するために必要な時間です。検討会では,これらの時間が,医師個人の能力向上の側面を有する一方で,医師としての業務の側面が強い場合や病院から義務的に作業を課せられている場合も多いため,これらの時間を労働時間として扱うべきかが問題とされています。
- 医師の自己研鑽の時間の労働時間該当性について,正面から判示した最高裁判例は見当たりません。検討会では,労働時間に関する従前の判例・実務の考え方に従い,医師の自己研鑽についても,使用者の指示や就業規則上の制裁等の不利益取扱いによる強制がなく,あくまで自主的に取り組むものであるなど使用者の指揮命令下に置かれていると評価されない時間であれば,労働時間には該当しないのではないかと整理しています(第12回検討会 資料3)。しかしながら,自己研鑽にあたっては,院内の設備や院内でしか触れることのできない情報を利用する必要性が高く,また,通常は普段の業務に関連した学習や研究であることが多いため,現場において,労働時間に当たらないと的確に判断することは難しい問題であるように思われます。
実際,下級審裁判例においても,医療関係者の自己研鑽の時間については,労働時間に該当すると判断される傾向にあるように思われます(例えば,①外科医による単孔式の研究について横浜地方裁判所平成27年4月23日判決,②理学療法士による学術大会の院内での準備行為等について東京地方裁判所平成26年3月26日判決,③麻酔医による論文執筆や学会発表等の活動等について大阪高等裁判所平成20年3月27日判決等参照)。
- このように,医師の自己研鑽の時間が労働時間に当たるかどうかの判断は容易に行えないことや,裁判例の傾向等に鑑みると,使用者の医院側としては,医師の自己研鑽の時間は,労働時間に当たるとの立場をとって対応しておくことが,労務管理上は安全であると思われます。