後遺障害等級認定の基礎
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どれだけ気を付けても起こってしまう交通事故。ハンドルを握る以上は,どうしても避けられないことです。今回は,不幸にも交通事故で怪我をしてしまい,後遺障害が残ったらどうすれば良いのか?というお話です。
1 後遺症≠後遺障害
一般的には,後遺症というのは,「交通事故等によって,負った怪我について,治療しても治らなかった痛みや障害のこと」を指します。例えば,いわゆるむち打ち症の場合,半年経っても,痛みやしびれが残る場合があります。では,この場合に,慰謝料などを請求できる「後遺障害」に該当するかというとそうではありません。交通事故の損害賠償の際に問題となる後遺障害とは「交通事故が原因で生じた傷害であることが医学的に裏付けられ,労働能力の喪失を伴う症状で,自賠責保険の等級に該当するもの」を意味します。
つまり,いくら交通事故による怪我で痛みが残っても,自賠責保険の等級に該当しなければ,交通事故でいう「後遺障害」には該当しないことになります。
2 いつまでが治療?いつからが後遺症?
例えば,骨折のような外傷の場合には,骨が癒合すれば,基本的には治療が完了し,骨の付き方が悪くて,痛みが出るというような場合には,それが後遺症ということになります。悩ましいのが,むち打ち症で,通常,むち打ち症は,MRI等の映像を見ても損傷部分が明らかでなく,治療が完了したかどうかは客観的に分かりません。それにもかかわらず,痛みは消えない場合に,いつまで治療すべきか,いつから後遺症とみなすかは難しいところです。
一般的に「症状固定」といって,主治医が「これ以上,治療しても症状が良くも悪くもならないと考える時点」で症状が固定されたと考え,その時点を治療完了とし,その時点で痛みが残っている場合には「後遺症」と考えることとなります。ただし,この「症状固定」という考え方は,医学的な理論ではなく,法律実務が作り出したある種の「フィクション」ということになります。症状固定についての詳しい説明は,過去のコラム『症状固定?』を参考にしていただければと思います。
「症状固定」については,主治医の意見を聞きつつ,受傷状況や一般的な治療期間,相手方保険会社の対応等を加味しながら,判断していくことになります。
3 相手方保険会社の治療費の支払打ち切りの意味
症状固定については,「相手方保険会社が治療費の支払を打ち切った時期=症状固定」と考える方もいらっしゃいますが,そうではありません。そもそも症状固定の時期を医師ではない保険会社が決めることなどできません。
治療費は,被害者側であっても一旦は自己負担で支払い,自己負担額を加害者側に請求する,というのが本筋ですが,そのような形にすると,被害者の負担額が大きくなり,満足に通院ができない恐れがあることから,相手方保険会社が「サービス」として,これを負担しているということになります。相手方保険会社が治療費の支払を打ち切ったというのは,この「サービス」を止めたという以上の意味はありません。一般的に相手方保険会社が治療費の支払を打ち切るのは,「通常,これくらいの怪我であれば,これくらいの期間で治癒するはずの時期」であり,明確な根拠があるわけではないのです。ですから,治療費の支払の打ち切りがあったとしても,主治医がまだ治療が必要であると判断する限りは「症状固定」とはいえない,ということになります。
ただし,相手方保険会社が治療費の支払を打ち切ると,自費で通院しなければならないため,このタイミングで一度,今後の治療を自己負担で継続するかどうかを検討する必要があります。
4 後遺障害診断書は主治医が勝手に作成してくれる?
症状固定をした時点でやるべきことは,主治医に「後遺障害診断書」を書いてもらうことです。「後遺障害診断書」とは,「症状固定時に残存している症状を医師が医学的見地から作成する診断書」のことであり,後遺障害等級の認定手続において,もっとも重要な書類となります。後遺障害診断書については,主治医に書いてもらうよう依頼すれば,作成してもらえますが,十分な記載がなされない場合があります。これはむしろ当然のことで,「後遺障害等級」というのは,交通事故の損害賠償の処理のために定義された法律上の概念であって,医師がこれを十分に理解して診断書を書くということが難しいからです。ですから,後遺障害等級に該当するよう適切な記載がされた後遺障害診断書を書いてもらいたい場合には,弁護士に事前に相談し,どのような記載が必要か,どのような検査が必要かを整理し,主治医に依頼することも検討する必要があります。
5 事前認定と被害者請求
後遺障害等級認定を行うルートは,「事前認定」と「被害者請求」の2つがあります。
まず,「事前認定」については,相手方保険会社が治療費を全額負担してくれている場合にのみ行うことができます。相手方保険会社が治療費の負担を止めた後にも自費で通院を続けている場合や当初から治療費の負担をしてもらえない場合には,使えません。事前認定は,相手方保険会社が自賠責保険から被害者に対して支払われる賠償金も含めて負担している場合に,自賠責保険への求償の一環として,後遺障害等級認定手続も代わりに行ってくれます。分かりにくいですが,簡単にいえば,相手方保険会社が被害者の代わりに後遺障害等級認定手続に必要な資料を集め,自賠責保険に認定の請求をしてくれる手続ということになります。この手続は,相手方保険会社に後遺障害診断書を送付すれば,基本的に全て相手方保険会社が処理をしてくれますから簡便といえます。一方で,加害者側の保険会社が後遺障害認定手続という重要な手続をするわけですから,後遺障害の認定に向けた積極的な動きをすることはなく,手続に不透明さが残るという欠点があります。
一方で「被害者請求」とは文字通り,被害者がカルテや画像データなどを医療機関から取り寄せ,後遺障害診断書とともに自賠責保険に認定の請求をする手続です。資料の収集に非常に手間がかかるという反面,自分で手続をコントロールでき,また場合によっては,カルテなどからは分からない情報を付加することも可能です。
6 事前認定と被害者請求,結局どちらが良いの?
事前認定は,後遺障害認定が認められにくく,被害者請求は認められやすい,とまことしやかに言われることがありますが,本来提出している資料が同じであれば,認定が変わることはありません。事前認定を利用するか,被害者請求を利用するかは,カルテなどには表れない情報を加えたい場合,認定に当たって特に重要なカルテの記載を強調したい場合,後遺障害認定がされるかどうか微妙な場合については,被害者請求を利用することも検討したほうが良いということになります。