第38回 裁判員裁判を経験して
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先日,有名人を被告人とする初の裁判員裁判の公判があり,17日に判決が下されました。判決は,被害者の救命可能性の存否につき,専門家である医師の見解も分かれたことから,この点について疑問の余地なく立証されたとはいえないとして,致死罪の成立は認めませんでした。この事件についてはマスコミも連日取り上げて報道していましたので,裁判員の方々は,報道等による予断に基づかず,法廷に提出された証拠のみから客観的に判断することに苦心されたことと思われます。
判決の詳細を読んだわけではありませんが,結果的に致死罪の成立を認めなかった上記の判決は,過熱する報道や被告人に対する先入観に流されることなく,冷静な市民感覚が反映された裁判員裁判のひとつの成功例と言えるのではないかと思います。
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私も先日,国選弁護人として初めての裁判員裁判を経験しました。
裁判員裁判においては,仕事や家事を休んで裁判所に出頭しなくてはならない裁判員の負担を軽減すべく,まずは公判が始まるまでに,裁判官・検察官・弁護人の三者において,先行して事件の争点整理が行われます(これを「公判前整理手続」といいます。)。
公判前整理手続では,検察官が証拠により証明することを予定している事実の主張と証拠の開示・証拠調べの請求がなされるとともに,弁護人側においても,検察官の主張に対し,公判において主張することを予定している事実や証拠の開示・証拠調べの請求といった準備を進めます。この公判前整理手続において,取り調べを請求しなかった証拠については,やむを得ない事由がない限り,公判前整理手続終結後は,新たに証拠として提出することができなくなりますので,弁護人としては,将来の公判を見据え,この段階から,弁護方針をしっかりと固めておかなくてはなりません。
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裁判員裁判においては,公判前整理手続であらかじめ争点を整理したうえ,裁判自体は,一般的には3日〜4日程度で集中的に審理を行い,この間に冒頭手続から判決まですべての刑事裁判手続を行ってしまいます。
選任された裁判員は,ここで初めて事件の証拠に触れることとなります。そのため,捜査段階において作成された被告人や事件の被害者などの供述調書についても,公判においては,基本的にその全文が検察官によって朗読されます。審理は,途中休廷をはさみながら,朝から晩まで続きますので,裁判員の方々も集中力を維持しながら,事件の内容を把握するのには相当な苦労があろうかと思います。
これまでの刑事裁判では,当たり前のように使っていた法律用語も,裁判員の方々には意味が通じないものもありますので,なるべく平易な言葉に置き換えるなど,弁護人としても色々と気を使います。また,視覚的な印象は,裁判員の心証にも大きな影響を与えるため,それこそ被告人の服装から,弁護人自身の服装などについても気を回します。これまでの刑事裁判では使用することのなかったパワーポイントを使っての弁論など,わかりやすい裁判を目指し,刑事裁判に備える弁護人の準備の事務量も増えるため,なかなかに辛いものがあります。
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以上のように,裁判員に選任された方はもちろんのこと,裁判官・検察官・弁護人といった法曹三者にとっても苦労の多い裁判ではありますが,初めての裁判員裁判を経験して,裁判員の方々は,実に熱心に裁判員裁判に取り組んでくださっているとの印象を受けました。法廷における当事者の話に熱心に耳を傾け,メモを取り,疑問のある点については積極的に質問を発する。こうした裁判員の方々の刑事裁判に取り組む姿勢は,下された判決に対する被告人の納得(再犯の防止・更生への意欲)にもつながります。
弁護人としては,単に感情に任せた重いだけの刑罰が科されてしまうことを危惧するわけですが,幸い,私が経験した裁判員裁判においては,そのようなことはなく,冷静な市民感覚が反映された適正な判決が下されたのではないかと考えています。
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裁判員制度が開始してから1年が経過しましたが,冒頭に挙げた世間の注目した事件や自身の経験した事件などを見る限り,現在のところ,裁判員制度はうまく機能しているように感じています。ちなみに,判決後,被告人から手紙が届きました。被告人のために協力してくれる家族や我々弁護人に対する感謝の気持ちとともに,今後の更生を誓う旨の言葉が書かれていました。私の担当した事件の被告人はまだ若く,犯罪傾向も根深いものではありません。この手紙を読んで,彼は二度と同じ過ちを繰り返さず,必ず更生してくれるものと確信しました。弁護することで,被告人の自発的な反省を深め,更生への意欲を高めることができたのはないかと思います。弁護人冥利に尽きます。