第88回 出向先での非違行為と懲戒権
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- はじめに
今回は前回(第87回)のコラムに続き,懲戒処分について取り上げたいと思います。
今回のコラムのテーマとするのは,子会社に出向中の社員が,出向先企業において労務の不提供や企業秩序違反などの非違行為を行った場合,懲戒権を有するのは出向先企業(子会社)なのか,それとも出向元企業(親会社)なのか,という問題です。
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出向の法的性格
出向は,労働者が出向元との雇用関係(労働契約関係)を維持しつつ,長期にわたって出向先の指揮命令に服して就労することをいいます。そのため,出向においては,労働契約に基づく労使間の権利義務が出向元と出向先に分かれて存在し,労働者と出向元・出向先双方との間に部分的な労働契約関係(出向労働関係)が成立することとなります。
あくまでも労働者は出向元の従業員としての地位にあり,出向先の従業員としての地位まで取得するわけではありませんし,出向先も労働者としての地位を失わせる解雇や懲戒解雇の処分を行うことはできません。
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出向元による懲戒処分
出向労働者は,出向先の指揮命令に基づき,出向先に対して労働義務を負担しますが,出向労働者は,あくまでも出向元の出向命令に従い出向先において労務を提供しているのですから,出向先における労務の不提供や服務規律違反は,同時に出向元に対する労働義務違反を意味することとなります。
したがって,出向元は,出向労働者の出向先における非違行為に対し,出向元の就業規則を適用して,懲戒処分を行うことができると考えられます。
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出向先による懲戒処分
他方,出向労働者の出向先における非違行為に対し,出向先が自社の就業規則を適用して懲戒処分を行うことができるか否かについては,少し検討を要するものと考えられます。
というのも,使用者による懲戒権の法的根拠を労働契約に基づく労使間の合意に求めるならば,出向においては,前述のとおり,労働者と出向先との間に完全な労働契約関係の存在を認めることはできないと解されるからです。
しかし,これも前述のとおり,出向労働関係においては,出向先においても部分的な労働契約関係の成立は認められますので,一般論としては,出向労働者が出向先の指揮命令下において,出向先の服務規律・企業秩序の中で労務を提供している以上,出向労働者の非違行為が出向先の企業秩序を侵害する場合には,出向先が自社の就業規則を適用して,出向労働者に対し,懲戒処分を行うことができると解する余地があるものと考えられます。
もっとも,同一の非違行為に対し,すでに出向元が懲戒処分を行った場合に,重ねて出向先が懲戒処分を行うことは,二重処分として違法と評価される可能性があるので注意が必要です(ただし,これを肯定した裁判例として,東京地裁平成4年12月25日判決判タ832号112頁)。
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おわりに
以上のとおり,出向労働者に対する懲戒権の行使については,微妙な問題もあり得ることから,あらかじめ出向元と出向先との間の出向契約等において,出向労働者に対する就業規則の適用についての規定を設け,取り扱いを明確にしておくことが望ましいでしょう。