第92回 逆転裁判,あるコトないコト
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皆さんは,「逆転裁判」というゲームをご存知でしょうか。逆転裁判は,ストIIでお馴染みカプコンが制作・販売しているゲームで,弁護士を主人公とし,刑事裁判で被告人の弁護をするアドベンチャーゲームです。これだけの説明だと何のこっちゃといったところですが,ゲームは大きく裁判のための証拠・情報を収集する探偵パートと被告人,証人,検事との駆け引きを行う法廷パートに分かれており,法廷パートにおける尋問という点がこれまでにない新しいシステムであり,大ヒットとなりました。宝塚歌劇の演目となり上演されたり,今年の2月には映画化されるなど,ゲームにとどまらず,様々なメディアに展開されており,今もなお根強い人気を誇っています。
そんな逆転裁判ですが,果たしてどの程度現実の裁判に即して作られているのでしょうか。もちろん,被告人や証人,弁護士をバシバシ鞭で叩く狩魔検事のような検事はいませんが(こんなことをすれば,暴行・傷害罪,特別公務員暴行陵虐罪などに該当してしまい,「狩魔容疑者」になってしまいます),実際の裁判がどのように行われているかを少し見ていきたいと思います。
疑問1 そもそも「探偵パート」のように弁護士が現場で証拠・情報収集をするの??
逆転裁判では,弁護士が現場に行って,目撃者を探したり,証拠品を収集したりしていますが,実際にそんなことをするんでしょうか。
これは…実際にあるコトでした。
日本の刑事裁判においては,ほとんどの場合,有罪判決が下され,犯行を否認している被告人は起訴がされた時点で極めて厳しい状況に置かれます。そんな中で,なんとか被告人の主張を裏付ける証拠・情報を収集するためには,被告人の当日の行動を実際になぞってみて,何か裏付けになりそうな情報はないか,目撃者となりうる人がいないか,検察官の証拠で見落とされている部分はないかなどを精査していくことは,極めて重要です。
ゲームとの違いは,弁護士の仕事は被告人の主張を裏付け,検察官の立証を崩すことであり,真犯人を見つけることではない,ということです。もちろん,真犯人が判明するに越したことはありませんが,我々の仕事は,あくまで検察官の立証は正しくないということを裁判所に理解してもらうことなのです。
疑問2 「異議あり!」って本当に言うの??
逆転裁判といえば,これですよね。証人の矛盾を見つけ出し,それを「異議あり!」と突きつける,これが逆転裁判の醍醐味です。
これは…実際にあるコトでした。
証人尋問における異議の申述は,刑事訴訟法309条1項「証拠調べに関する異議の申立て」に定められています。
ただ,ゲームと異なり,証人に対して行うものではなく,検察官の証人尋問の方法に法令に違反する点または相当でない点があった場合に,それを正すよう「裁判所」に対して申し立てるものです。「異議あり!」と弁護士が申述すると,裁判所は「異議を認めます or 認めません。」と弁護人の異議申述に対する決定をすることになります。つまり,弁護士が裁判所に対し,「検察官のやり方はおかしいので,裁判所から正して下さい」とお願いするのが「異議あり!」なのです。
また,「証人が矛盾した証言をしている」ということを理由に異議を申し立てることはできません。通常は誘導尋問や誤導尋問などに対して行われ,証人が矛盾した証言をしているということは,反対尋問(=弁護人から検察官側証人へ行う尋問)の中で浮き彫りにしていくことになります。
異議申述の方法については「異議あり!」と言わなくても,異議の申述とわかれば問題ありません。しかし,逆転裁判ファンとしては「異議あり!」は憧れなので,私は出来る限り「異議あり!」と言うようにしています。
疑問3 裁判長は木槌を持っている??
検察官・弁護士の意見に何かと左右されるけども,憎めない「サイバンチョ」。ゲーム中,彼が何かと「静粛に」と言いながら,叩く木槌は実際には使われているのでしょうか。
これは…実際にはないコトでした。
多くの方(かつて私もそう思っていました)が,日本の法廷でも木槌を使って裁判を仕切っていると思っているのですが,日本の法廷で使われることはありません。おそらく,アメリカなど欧米の法廷を舞台にした映画・ドラマの影響で,「裁判長=木槌を叩く」というイメージがついたものと思われます。
疑問4 証人が法廷に出頭せずに証言することも可能??
逆転裁判2の第4話「さらば,逆転」で殺し屋である証人が直接,法廷に出頭せず,スピーカーを通じて証言をするという場面があります。実際に,このように法廷に出頭せずに証言することは可能なのでしょうか。
これは…実際にあるコトでした。
刑事訴訟法157条の4に映像と音声の送受信により,法廷外にいる相手の状態を認識しながら通話する方法(ビデオリンク方式といいます。)により,証人尋問を行うことが認められています。ただし,法廷外といっても同一の裁判所内にいる必要があります。
これは,性犯罪の被害者のように法廷に出頭をすることで多大な精神的苦痛を感じる証人について,二次被害を避けるために認められた制度です。ですから,殺し屋が商売柄,顔を出せない,という理由で利用することは出来ません。
さて,いかがだったでしょうか。もちろん,ゲームですから現実と違う部分も多いですが,意外と現実に近い描写もされているなと思います。
逆転裁判の中で「弁護士は,ピンチの時ほどふてぶてしく笑うものよ」という台詞が出てきますが,これは非常に印象に残っています。まだまだピンチの時に笑えるほど余裕はありませんが,逆境を逆転できるようなタフな弁護士を目指してまいりたいと思います。