後遺障害による逸失利益の定期金賠償を認めた最高裁判例について ―最高裁令和2年7月9日判決―
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1 はじめに
最高裁判所は,令和2年7月9日に,後遺障害による逸失利益を,定期金賠償の対象とできるかが争われていた裁判において,これを認める判断を示しました(以下「本判決」といいます。)。今回のコラムでは,本判決を紹介するとともに,若干の検討を行いたいと思います。
定期金賠償 … 将来にわたって定期的に損害賠償金を支払う方法
一時金賠償 … 損害賠償金を一回で支払う方法
2 事案の概要
Y1は,平成19年2月3日に,大型貨物自動車(以下「本件車両」といいます。)を運転していたところ,道路を横断していたX(当時4歳)に衝突し,Xを負傷させる事故を発生させました。
Xは,当該事故によって,脳挫傷等の傷害を負い,その後,高次脳機能障害等の後遺障害が残存しました。Ⅹの後遺障害は,自賠責後遺障害等級の第3級3号に該当するものでした。
そこで,Xは,当該事故により損害を被ったとして,Y1及び本件車両の保有者Y2に対して,将来介護費その他の損害加えて,後遺障害による逸失利益として,就労可能期間の始期である18歳になる月の翌月からその終期である67歳になる月までの間に取得すべき収入額を,各月に定期金によって支払うことを求めて損賠償請求等の訴訟を提起しました。
原審・原々審は,将来介護費の定期金賠償だけでなく,後遺障害による逸失利益について「平成32年9月から平成81年8月まで,毎月22日限り,35万3120円を支払え」と判断し,定期金賠償の対象となることを認めました。そのため,Yらは,後遺障害による逸失利益について定期金賠償を認めたことに法令解釈の誤りがあることを理由に上告受理の申立てを行いました。
3 本判決に至る背景事情
定期金賠償については,時間の経過による事情の変化に対応可能であることや,一時金賠償に比べて賠償額が高くなることといったメリットが指摘される一方で,諸外国のように,長期間にわたる支払を担保する手段がないとことがデメリットが指摘されるなど,従来から議論が重ねられてきました。
また,民法は,不法行為に基づく損害賠償の方法について,一時金賠償によらなければならないとまでは規定しておらず(民法第722条,同法第417条),平成8年に改正された民事訴訟法第117条も,定期金賠償による方法があることを前提とするなど,現行法上,定期金賠償は可能な状況にありました。
ただ,「どのような場合に定期金賠償が認められるのか」という点については解釈に委ねられ,この点に関する下級審の判断も分かれており,大きく分類すると,後遺障害による逸失利益の定期金賠償は否定し,将来介護費の定期金賠償は肯定するといった傾向にありました。
下級審が後遺障害による逸失利益の定期金賠償を否定していたのは,最判平成8年4月25日民集50巻5号1221頁(以下「平成8年判決」といいます。)が影響していたものと推察されます。平成8年判決は,次の判決文の抜粋のとおり,交通事故の被害者が事故とは異なる原因で死亡した場合に,後遺障害による逸失利益を算定するに当たって,死亡の事実を考慮しない「継続説」を採用した判例と位置付けられています。継続説に立つと,後遺障害による逸失利益は,将来的に継続的に発生する損害ではなく,交通事故時点において全て確定的に発生しているため,定期金賠償によるよりも,一時金賠償によるべきとの結論に親和的だったのです。
平成8年判決(抜粋)
交通事故の被害者が事故に起因する傷害のために身体的機能の一部を喪失し,労働能力の一部を喪失した場合において,いわゆる逸失利益の算定に当たっては,その後に被害者が死亡したとしても,右交通事故の時点で,その死亡の原因となる具体的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り,右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきものではないと解するのが相当である。
このような背景事情がある中で,本判決の原審・原々審は,将来介護費だけでなく,後遺障害による逸失利益についても定期金賠償の対象となることを認めました。そのため,この問題について最高裁がどのような判断を行うか注目されていました。
4 本判決の判断(裁判所ウェブサイト)
まず,後遺障害による逸失利益についても,不法行為時に発生するとの従来の判例理論を踏まえて,「後遺障害の逸失利益は,不法行為の時から相当な時間が経過した後に逐次現実化する性質のものであり,その額の算定は,不確実,不確定な要素に関する蓋然性に基づく将来予測や擬制の下に行わざるを得ないものであるから,将来,その算定の基礎となった後遺障害の程度,賃金水準その他の事情に著しい変更が生じ,算定した損害の額と現実化した損害の額との間に大きな乖離が生ずることもあり得る」旨判断しました。
これを前提に,本判決は,次の二点を理由に,「交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において,上記目的及び理念に照らして相当と認められるときは,同逸失利益は,定期金による賠償の対象となる」と判断しました。
第一点として,民事訴訟法第117条の趣旨は,口頭弁論終結前に発生しているものの,その具体化が将来の時間的経過に依存している関係にあるような性質の損害について,口頭弁論終結後に著しい変更が生じた場合には,事後的に実態に即した賠償を実現するため,現実化した損害の額に対応した損害賠償額とすることが公平に適うということにあること。
第二点として,不法行為に基づく損害賠償制度は,不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とし,損害の公平な分担を図ることを理念としていること。
また,定期金賠償を命じる場合には,どの時点を終期とするかが問題となりますが,本判決は,平成8年判決を引用した上で,「後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずるにあたっては,交通事故の時点で,被害者が死亡する原因となる具体的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り,就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金による賠償の終期とすることを要しないと解するのが相当」と判断しました。
5 若干の検討
本判決は,これまで否定的に解されてきた後遺障害による逸失利益の定期金賠償について,平成8年判決の継続説を前提とした上で,これを認める判断を示した点に先例的価値があります。また,本判決が「交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において」と限定を付していることには二つの意味があると考えられます。
まず,本判決は,後遺障害による逸失利益の定期金賠償に関する判断であり,将来介護費の定期金賠償に関する判断ではないという点です。もっとも,将来介護費については,最判平成11年12月20日民集53巻9号2038頁が,平成8年判決と異なり,切断説を採用していることから,定期金賠償は認められるとの見解が有力であり,これを認める下級審裁判例も存在します。
つぎに,本判決は,被害者が定期金賠償を求めた場合に,これを認めた事例であるという点です。たとえば,①被害者が一時金賠償を求めた場合に,定期金賠償を命じることができるかという問題(これを傍論で否定した最高裁判決があります。)や,②定期金賠償を求めた場合に,一時金賠償を命じることができるかという問題は,本判決の射程外であり,従来の下級審裁判例を踏まえて議論が行われていくものと思われます。
「具体的にどのような場合に,定期金賠償が認められるか」という実体法上の要件は,本判決の判決文上必ずしも明らかではありません。そのため,要件論は,今後の裁判例の集積を待つことになりますが,今後は,重篤な後遺障害が残存したことにより,長期間にわたり逸失利益が発生することが見込まれる事案において,被害者側から定期金賠償の請求が行われる事案も増える可能性があります。
翻って,就労可能期間の終期まで定期金による賠償が認められる場合には,被害者が就労期間よりも前に死亡した場合でも,加害者の賠償義務が継続することを,どのように考えるべきでしょうか。加害者である以上,賠償義務が継続することは考慮するに値しないとの価値判断もあり得るところですが,この問題については,小池裕最高裁判事の補足意見が参考となります。
小池補足意見は,「被害者の死亡によってその後の期間について後遺障害等の変動可能性がなくなったことは,損害額の算定の基礎に関わる事情に著しい変更が生じたものと解することができるから,支払義務者は,民訴法117条を適用又は類推適用して,上記死亡後に,就労可能期間の終期までの期間に係る定期金による賠償について,判決の変更を求める訴えの提起時における現在価値に引き直した一時金による賠償に変更する訴えを提起するという方法」がある旨指摘されており,注目されるところです。
6 本判決を踏まえた今後の対応について
交通事故によって重篤な後遺障害が残った被害者は,本判決によって,救済措置の選択肢が増えることとなりました。重篤な後遺障害が残存するケースについては,定期金賠償のメリットとデメリットを比較した上で,一時金賠償を求めるべきか,それとも定期金賠償を求めるべきかを慎重に検討する必要があると思われます。この問題は,専門的,長期的な視野に立って考える必要のある問題でもあるため,お困りの際は弊所までご相談をご検討くださいませ。
一方,加害者側の保険会社としては,長年にわたって賠償金を支払い続けなければならなくなるため,定期金賠償を請求される事案が増加する場合に備えて,支払管理の方法やシステム整備等を進めていく必要があるように思われます。