第104回 不当廉売?優越的地位の濫用?−酒類卸売業者に対する公取委警告−
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- はじめに
公正取引委員会は,平成24年8月1日,酒類卸売業者3社(三菱食品,伊藤忠食品,日本酒類販売)に対し,同社らが特定の酒類小売業者(イオン)に対し,原価を著しく下回る価格でビール類を納入することにより,イオンの各店舗の周辺地域に所在する他の酒類小売業者の事業活動を困難にするおそれを生じさせている疑いがあるとして,警告を行いました。
通常であれば,卸売業者はメーカーなどの製造業者から商品を仕入れ,仕入価格に自社の利益を上乗せした価格でスーパーなどの小売業者に販売し,さらに小売業者が自社の利益を上乗せして販売価格を設定し,消費者に販売するという流れを辿ることとなります。
しかし,上記の食品卸大手3社は,例えば,ビール類製造業者からビールを100円で仕入れているのに,これを小売業者のうちイオンに対しては仕入価格を下回る90円で販売し,イオンの周辺のほかのスーパーに対しては利益を乗せた120円で販売していたため,イオンの周辺のスーパーは,ビール類の販売に関し,イオンとの価格競争に到底勝つことができず,事業活動が困難になっていました。
そこで,公取委は,食品卸大手3社のかかる行為が,「不当廉売」(独占禁止法2条9項3号)に該当するおそれがあるとして,警告を行ったものです。
- 背景事情〜食品卸大手3社にも同情の余地あり?
これまで酒類の販売に関しては,販売促進などを目的として,ビール会社が卸売業者を通じて,販売数量に応じたリベートを小売業者に支払ってきました。
上記の例でいうと,食品卸大手3社は,ビール会社からビールを100円で仕入れている一方で,ビール会社から20円のリベートを受け取っていたため,実質的な仕入原価は80円となることから,小売業者に対して90円で納入しても,10円の利益を上げることができていたのです。
しかし,国税庁は,酒類の乱売を防止し,酒税の確保および酒類の取引の安定を図ることを目的に,平成18年8月31日,「酒類に関する公正な取引のための指針」を公表し,透明性および合理性を欠くリベートの廃止を求めました。
かかる指針を受けて,ビール会社がリベートの見直しを進めた結果,ビール会社から卸売業者に支払われるリベートの額が削減されることとなりました。
そこで,食品卸大手3社は,小売業者に対し,リベートが削減された分,納入価格の引き上げ(上記の例でいうと,120円にあげる)を求めましたが,イオンだけは値上げ要請に応じなかったため,やむを得ず,イオンに対してはこれまでと同じ納入価格(90円)でビール類を卸す代わりに,ほかの取引で採算をとることとしたという背景事情があったようです。
これだけを見ると,国税庁の指導に従ってリベートの削減に応じたところ,強力な購買力を有する小売大手のイオンから納入価格の値上げを拒否されてしまったため,やむなく仕入原価を下回る価格での納入を余儀なくされていた食品卸大手3社にも,同情の余地があるようにも思えます。
こうした背景事情もあってか,公取委は,上記の警告に際し,イオンやビール会社に対しても,酒類卸売業者から取引条件の変更についての申入れがあった場合には,十分な協議を行うことを要請しました。
- イオンの行為は優越的地位の濫用?
このように見てくると,今度はイオンがあたかも悪者であるかのような印象を受けてしまいそうですが,果たしてそうなのでしょうか。
イオンとの関係では,リベートの削減に伴い食品卸大手3社が求めた納入価格の値上げに応じず,これまでの取引条件を維持させたイオンの行為が,取引上の優越的な地位を濫用した一方的な対価の決定に該当し,「優越的地位の濫用」(独占禁止法2条9項5号)にあたらないかが問題となります。
優越的地位の濫用規制では,(1)優越的地位の認定,(2)濫用行為の有無,についてそれぞれ検討することとなりますが,(1)については,[1]イオンの市場における地位,[2]イオンに対する卸売業者の取引依存度,[3]卸売業者にとっての取引先変更の可能性,[4]卸売業者にとってのイオンとの取引継続の必要性などの事情を考慮して判断することとなります。本件における卸3社はいずれも大手ですが,上記の判断要素に照らせば,イオンに取引上の「優越的地位」が認められる余地がないとは一概に言えないように思います。
しかし,価格交渉自体は本来,企業間の自由かつ自主的な交渉によって行われるものであり,その結果,一方当事者に有利な価格決定がなされたとしても,それは自由競争の結果であって,公正な競争を阻害するものではありません。
公取委が公表する「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」(優越的地位の濫用ガイドライン)においても,上記(2)について,優越的地位の濫用として独禁法上問題となるのは,「取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方に対し,一方的に,著しく低い対価または著しく高い対価での取引を要請する場合であって,当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合」であるとし,この判断にあたっては,「対価の決定に当たり取引の相手方と十分な協議が行われていたかどうか等の対価の決定方法」のほか,「他の取引の相手方の対価と比べて差別的であるかどうか」「通常の購入価格または販売価格との乖離の状況」等を勘案して総合的に判断するものとされています(優越的地位の濫用ガイドライン「第4,3,(5),ア,(ア)」)。
イオンは,上記2の公取委の要請を受けて,平成24年8月8日,ビール取引に関する同社の意見を表明する意見広告を新聞各紙に掲載しましたが,意見広告の内容などを見ると,対価の決定に当たり十分な協議が行われていた様子がうかがわれますし,対価についても他の小売業者と比べて著しく低い価格であったとはいえないなどの事情から,イオンが値上げ要請に応じなかったことが「濫用行為」に該当するとの判断は困難であるように思います。
- おわりに
食品卸大手3社によるビール類の値上げ要請が,例えば,ビールの原材料価格の高騰等に起因する仕入価格の増加に伴うものであった場合に,それでもイオンが値上げ要請を無碍に拒絶するなどした場合には,上記3の判断はまた変わってくるかもしれません。
しかし,本件は,酒類販売に関して,ビール会社および酒類卸売業者の間でかねてより行われてきたリベート制度の見直しという小売業者の関知しない事情に起因する値上げ要請であったことも,ひとつの判断要素になるものと考えられます。