第122回 金利スワップ契約における説明義務〜最高裁平成25年3月7日判決〜
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- はじめに皆さんは,「デリバティブ取引」という言葉を聞いたことはありますか。この金融商品により損失を受けた企業が倒産しており,このことは新聞の1面で取り上げられるほど,大きな社会問題となっています。
最高裁は,平成25年3月7日,デリバティブ取引の一つである金利スワップ契約における説明義務について,銀行の説明義務違反を認容した原審(福岡高裁)の判断を覆し,銀行の説明義務違反は認められないとの判断を示しました。
事案としては,銀行(上告人)と会社(被上告人)との間で,同一通貨間で,取引期間等を設定し,固定金利と変動金利を交換してその差額を決済するという金利スワップ契約(会社側は,変動金利を固定金利に交換,以下「本件契約」といいます。)が締結されていたところ,会社は,本件契約により,変動金利と固定金利の差額883万0355円の支払いをすることとなったことから,会社は銀行に対して,本件契約を締結した際に銀行に説明義務違反があった等と主張し,不法行為等に基づく損害賠償を求めたものです。
この事案を具体的に見る前に,予備知識として「デリバティブ取引の何が問題となっているのか」について,解説したいと思います。
- デリバティブ取引とは?デリバティブ取引とは,株式,債券,金利,為替など原資産となる金融商品から派生した金融派生商品(デリバティブ)を対象とした取引のことで,大きく分けると,先物取引,スワップ取引,オプション取引に分けられます。つまり,株式,債券,金利,為替等の典型的な金融商品ではなく,そこから派生した金融派生商品を対象とするものです。
デリバティブ取引のうち,スワップ取引とは,一般に等価のキャッシュフローを交換する取引の総称で,2者間で合意された「ある想定元本に対して異なる指標を適用して計算されたキャッシュフローを一定期間交換すること」を約束した取引をいいます。本件最高裁判決の事案で問題となった金利スワップ契約とは,同一通貨間で異なる種類の金利を交換する取引のことです。
例えば,「今後,金利は下がる」と考えているが,固定金利でローンを組んでいるAさんと「今後,金利が上がる」と考えているが,変動金利でローンを組んでいるBさんがいたときに,双方の懸念を払しょくするために,金利の支払いを交換(スワップ)してリスクをヘッジすることが考えられます。
つまり,Aさんは「金利が下がる」と考えているわけですから,Bさんに変動金利を支払い,Bさんは銀行に対して,Aさんから受け取った変動金利を支払い,Bさんは「金利が上がる」と考えているわけですから,Aさんに固定金利を支払い,Aさんは銀行に対して,Bさんから受け取った固定金利を支払うことにすれば,双方が考えるリスクをヘッジできるわけです。
なお,金利スワップ契約には,契約締結と同時に取引が始まるスポットスタート型と,契約締結から一定期間経過後に取引が始まる先スタート型があります。
金利スワップ取引の問題点
(1) 契約の複雑さ
金利スワップは,単純化すれば「固定金利と変動金利を交換する契約」に過ぎませんが,実際にはノックイン条項,ノックアウト条項等,様々な条件が付けられ,複雑な契約となっています。
そのため,契約の内容・リスクを理解しないまま,銀行との付き合いでとりあえず購入し,結果として本業を圧迫するほどの損失を出してしまう,ということ事態が生じているのです。
本件最高裁判決の事案で問題視されているのは,まさにこの点で,銀行がどの程度まで金利スワップのリスクを説明する義務を負っていたかが争点となっています。
(2) 解約清算金
金利スワップ契約を中途解約した場合には,解約清算金を銀行に対して,支払う必要があります。この解約清算金は,解約時の金利を基準として銀行独自の計算方法により算定されますが,解約時の金利と金利スワップ契約に基づき契約者が支払うべき金利差が大きければ支払うべき解約清算金は多額となるため,契約者が当初,想定していなかった金額の解約清算金が発生することがあります。
本件最高裁判決の事案においても,契約者が将来支払う可能性のある解約清算金について,説明を尽くしていたかどうかが争点となっています。
- 本件最高裁判決の原審の判断原審は,「銀行は,会社に対し,契約締結の是非の判断を左右する可能性のある,中途解約時において必要とされるかもしれない清算金の具体的な算定方法,(2)先スタート型とスポットスタート型の利害得失,(3)固定金利の水準が金利上昇のリスクをヘッジする効果の点から妥当な範囲にあることについて,説明しておらず,銀行の説明は,極めて不十分なものであった。本件契約締結の際,銀行が必要にして十分な説明をしていたならば,本件取引における上記のリスクヘッジの可能性が著しく低いものであったことなどから,会社が本件契約を締結しなかったことは明らかである。銀行の説明義務違反は重大であって会社に対する不法行為を構成し,本件契約は契約締結に際しての信義則に違反するものとして無効である。」と判断し,会社側の主張を認容しました。
- 本件最高裁判決の判断本件最高裁判決は,「本件取引は,将来の金利変動の予測が当たるか否かのみによって結果の有利不利が左右されるものであって,その基本的な構造ないし原理自体は単純で,少なくとも企業経営者であれば,その理解は一般に困難なものではなく,当該企業に対して契約締結のリスクを負わせることに何ら問題のないものである。」として,本件契約が決して複雑なものではなく,原理自体は単純なものであるとしました。
そして,(1)清算金の具体的な算定方法の説明義務については,「銀行が会社に対して,交付した提案書の中には,銀行の承諾を得て中途解約をする場合には会社が清算金の支払義務を負う可能性があることが明示されていたから,具体的な算定方法について説明すべき義務があったとはいい難い」として,これを否定しました。
(2)先スタート型とスポットスタート型の利害得失の説明義務については,「会社が自ら,先スタート型を選択したのであるから,先スタート型とスポットスタート型の利害得失について説明すべき義務があったともいえない」として,これを否定しました。
さらに,(3)ヘッジ効果の説明義務については,「本件取引は,単純な仕組みのものであって,本件契約における固定金利の水準が妥当な範囲にあるか否かというような事柄は会社の自己責任に属するものであり,銀行がこれを説明すべき義務があったものとはいえない」として,これを否定しました。
- 本件最高裁判決の影響本件最高裁判決は,一度銀行の説明義務違反を認めた高裁判決を覆し,これを否定したという点で他のデリバティブ契約訴訟に大きな影響を与えることは間違いありません。
本件契約が,特約を定めない単純なスワップ契約(いわゆるプレーンバニラスワップ)であることから,本件契約の原理については,単なる変動金利と固定金利の交換であり,リスクの判断は,会社において十分に可能であったという点が銀行側に説明義務違反はないという結論につながっているものと思います。
他方で,たとえ特約を定めない単純なスワップ契約であったとしても,固定金利の水準が金利上昇のリスクをヘッジする効果の点から妥当な範囲であるか否かを果たして一般の企業が判断できるかという点については,疑問が残るところです。仮にヘッジ効果がない,または極めて薄いような契約については,取引銀行と会社との力関係を考えれば,そもそもそのような契約を会社に対して売り込んだ点が問題視され,適合性原則違反等が認容される余地もあるのではないかと思います。
また,様々な特約をつけた複雑なスワップ契約については,会社においてリスク判断ができたかという点について異なった判断がなされる可能性もあるところです。
これらの点については,今後も裁判所の判断に注目する必要があろうかと思います。