サステナビリティ条項とその使い方
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みなさんは谷川俊太郎さんの「いっぽんの鉛筆のむこうに」という作品をご存知でしょうか。「スリランカのボガラ鉱山で働くポディマハッタヤさん」と言えば、思い出される方もいらっしゃるかもしれません。小学校の国語の教科書にも採用されたこの作品は、我々が当たり前のように使っている一本の鉛筆ができあがるまでに、異なる国で働く人々の貢献があることを教えてくれます。
では、一つの製品ができあがるまでのサプライチェーンに、人権問題が潜んでいるとしたら、みなさんはその製品をお使いになりますか。この問題に関しては、米中貿易交渉をめぐる争いの中で、中国主産地の新彊綿の収穫などに強制労働の疑いが生じたことを理由として、アメリカが新彊綿の輸入停止を発表したことが記憶に新しいところです。
これは、いわゆる現代奴隷(Modern Slavery)に関する問題であり、すでにイギリスやオーストラリアが現代奴隷の対策法を制定しています。なお、オーストラリアにおける現代奴隷法については、弊所のCassidy外国法事務弁護士のコラム「オーストラリアにおける現代奴隷法」が解説しておりますので、ご参照ください。
近時は、このようなサプライチェーンにおける人権問題を、契約の中に取り込んでいく事例がみられるようになっています。その最たるものが「平和の祭典」とも呼ばれるオリンピックに関する調達コードです。東京2020組織委員会は、持続可能に配慮した調達コードを公表しており、その中で、人権問題についても詳細に触れるとともに、サプライチェーンにおける調達コードの遵守を促すためのサステナビリティ条項のモデル条項を示しています。
モデル条項は、全9項から構成されており、一般的なサステナビリティ条項の目的規定(第1項)や調達コードの遵守規定(第2項)のほかに、第4項から第7項において、発注・受注企業間におけるコミュニケーションツールを規定しています。これによると、受注企業は、自らのサプライチェーンに調達コード違反の事実又はその疑いを把握した場合に報告を義務付けられることになりますので(第5項)、たとえば、仕入れた材料の製造過程において、現代奴隷が利用されていることが疑われる場合には、発注企業に対して報告をしなければなりません。
また、モデル条項は、第7項から第9項において、発注企業による対応措置について定めており、調達コードの不遵守が認められる場合には、直ちに契約解除とせずに、発注企業による改善措置(第7項)と、これに応じない場合の解除(第8項)を定め、この場合の発注企業の損害賠償や補償を免責することにしています(第9項)。このようなモデル条項が導入された場合に、受注企業が、資金面や品質の観点から、調達コードに違反する仕入れ先ルートと異なる仕入れルートを確保できず、元の仕入れルートから購入を続けたような場合には、契約を解除され、発注企業側に損失補填等を求めることもできないので留意が必要です。
なお、モデル条項の解説においては、受注企業が多数にのぼるような場合に、個別に契約を締結する作業を回避するため、受注企業からモデル条項を記載した誓約書を取得する方法も提唱されております。このような誓約書を取得する際には、本体の契約書に表明保証条項を入れておくこともあるのではないかと思われます。
モデル条項は、受注企業にとって厳しい条項を定めているようにも思われますが、最近は、「SDGs」、「持続可能性」、「ビジネスと人権」といった用語が一種のキーワードのようになっていることからすると、我が国においても現代奴隷に関する対策法が制定され、サステナビリティ条項が契約実務のスタンダードな条項になる日が来るかもしれません。サステナビリティ条項の意味や定め方等に興味がございましたら、お気軽にお問合せください。