巨大IT企業による優越的地位の濫用事例~アマゾンジャパン合同会社の確約計画認定~
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1 はじめに
先日、楽天グループ(以下「楽天」といいます。)が電子商取引(EC)サイト「楽天市場」の出店事業者に対し、出店契約を変更する場合には、3,980円以上の購入で送料を無料にする制度(以下「送料無料化制度」といいます。)に参加することを原則義務化したことが報じられました(令和3年6月10日付日経電子版)。
出店契約においては、楽天市場で取り扱う商品数などに応じて楽天に支払う手数料などが異なるため、出店事業者が事業規模を拡大したい場合には、出店契約を変更する必要がありますが、かかる契約変更の際に、送料無料化制度への参加を原則として義務付けることとするようです。
EC市場は、デジタル・プラットフォーム事業者が納入業者から商品を仕入れて販売する「小売型」と、デジタル・プラットフォーム事業者と出店契約を締結した出店事業者が自らの商品を一般消費者に販売するためマーケットプレイスと呼ばれる電子商店街に出店する「マーケットプレイス型」に大別され、楽天市場はマーケットプレイス型に分類されます。
マーケットプレイス型の場合、出店事業者と一般消費者が電子商店街上で直接取引することとなるため、原則として、送料などの契約条件についても当該当事者間において決定されることとなりますが、出店事業者の自由に任せているといろいろな弊害(例えば、商品の本体価格を低く表示する代わりに、送料を不合理に高く設定するなど)が生ずることも考えられますので、楽天としては、おそらくそのような事情を考慮してポリシーを変更することにしたものと思われます。
また、楽天は、「原則として」送料無料化制度への参加を義務付けるに留まり、店舗の状況(例えば、沖縄や離島など送料無料による負担が大きい場合など)に応じて、個別の対応には柔軟に応じているとのことですので、この点も留意が必要です。
もっとも、かかる送料無料化制度については、令和2年3月に楽天が一律導入を一度目指したものの、一部の出店事業者が負担増を理由にこれに反対し、公正取引委員会(以下「公取委」といいます。)も独占禁止法違反(優越的地位の濫用)の疑いがあるとして、東京地裁に対し、緊急停止命令の申立て(独占禁止法第70条の4)を行ったため、楽天は制度の一律導入を見送ったという経緯があります(楽天が一律導入を見送ったことを受け、公取委は緊急停止命令の申立てを取り下げました。)。
そのため、今回報じられた楽天の方針について、独占禁止法の観点から、今後、どのような議論が展開されるのか注目されるところです。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、上記の報道にもあるように、最近ではデジタル・プラットフォーム事業者と呼ばれる巨大IT企業による優越的地位の濫用行為に関する話題を目にする機会も増えましたので、少し古いのですが、昨年(令和2年)公表されたアマゾンジャパン合同会社(以下「アマゾンジャパン」といいます。)の事例を参考までにご紹介したいと思います。
2 アマゾンジャパンによる違反被疑行為
アマゾンジャパンは、平成28年5月以降、小売部門の一部事業部において、取引上の地位が自社に対して劣っている納入業者に対して、以下の各行為を行っていました(以下、各行為を併せて「本件違反被疑行為」といいます。)。なお、アマゾンジャパンは、「小売型」と「マーケットプレイス型」の双方の事業を行っており、本件では小売事業部門の一部部署の行為が問題となりました。
- 減額アマゾンジャパンは、納入業者との間で、在庫補償契約(*)を締結し、当該契約で定めた額を納入業者に支払うべき代金から減額していました。これにより実質的には納入業者がすでにアマゾンジャパンに納入した商品の仕入価格引下げの効果を及ぼすこととなります。
*在庫補償契約・・・アマゾンジャパンが納入業者から仕入れている商品の仕入価格が引き下げられた際に締結される契約で、当該商品のアマゾンジャパンにおける在庫数量に仕入価格の変更前後の差額を乗じるなどして算出された額を、当該納入業者がアマゾンジャパンに支払うことを内容とするもの。
- 金銭提供①アマゾンジャパンは、納入業者から仕入れた商品の販売において自社の目標とする利益を得られないことを理由に、あらかじめ負担額の算出根拠を明らかにせず、または、金銭を提供することによって納入業者が得る直接の利益を超えて、納入業者に金銭を提供させていました。
- 金銭提供②アマゾンジャパンは、納入業者との間で、共同マーケティングプログラム契約を締結し、同契約に基づいて納入業者から支払われた金銭を積み立てたうえ、積立金の額がアマゾンジャパンの提供する販売促進サービス(アマゾンジャパンのECサイト上におけるバナー広告の掲載など)の料金と同額以上になったときは、当該積立金を用いて当該サービスを提供することとしていましたが、積立金に残額が発生した場合でも、その残額を納入業者に返還等していませんでした。
- 金銭提供③アマゾンジャパンは、自社のシステムへの投資に対する協賛金等の名目で、あらかじめ負担額の算出根拠を明らかにせず、または、協賛金等を提供することによって納入業者が得る直接の利益を超えて、納入業者からの毎月の仕入金額に一定の料率を乗じるなどして算出した額の金銭を提供させていました。
- 返品アマゾンジャパンは、過剰な在庫であると自社が判断した商品について、納入業者に帰責性がなく、かつ、他に返品を正当化するような事情が認められないにもかかわらず、納入業者に対して在庫を返品していました。
3 アマゾンジャパンが申請した確約計画の認定
公取委は、平成30年3月、アマゾンジャパンに対して立入検査を実施し、本件違反被疑行為について、独占禁止法違反(優越的地位の濫用)の疑いがあるとして、令和2年7月10日、アマゾンジャパンに対し、確約制度に基づく確約手続通知を行いました(独占禁止法第48条の2)。
確約制度とは、平成30年12月30日に施行された新たな制度であり、公取委と事業者との合意により自主的に違反の疑いを是正する手続です。公取委が独占禁止法違反の疑いがあるとして事業者に対し確約手続通知を行った場合、通知を受けた事業者が自主的に定める計画(確約計画)の中で、問題となっている行為を是正する解決策を示して申請し、公取委がかかる計画(確約計画)を認定したときは、行政処分としての排除措置命令・課徴金納付命令は行われないこととなります。
アマゾンジャパンは、公取委の確約手続通知を受けて、概要以下の内容の確約計画を策定のうえ申請し、公取委は、令和2年9月10日、かかる確約計画を認定しました。
① 本件違反被疑行為を取りやめること。
② 本件違反被疑行為の対象となった納入業者に対し、それぞれ、金銭的価値の回復を行うこと(約1,400社に対して、総額約20億円)。
③ 前記①、②および後記⑤の各措置を採る旨の機関決定。
④ 前記①~③について、納入業者への通知・自社の従業員への周知徹底。
⑤ 本件違反被疑行為と同様の行為を行わないこととし、この措置を今後3年間実施すること。
⑥ 次の事項を行うために必要な措置を講じること。
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- 独占禁止法遵守に係る行動指針の作成および自社の従業員への周知徹底
- 自社の小売事業に係る従業員に対する定期的な研修および法務担当者による定期的な監査
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⑦ 前記①~④および⑥に基づいて採った措置の履行状況の公取委への報告。
⑧ 前記⑤および前記⑥のⅡに基づいて講じた措置の履行状況を、今後3年間、公取委に報告。
4 おわりに
公取委による確約計画の認定は、本件違反被疑行為について、独占禁止法違反(優越的地位の濫用)を認定するものではありませんが、本件で取り上げられた違反被疑行為を見ると、世界を代表する巨大IT企業による違反被疑事件ではあるものの、その行為類型(減額・金銭提供・返品)は、これまでの小売業者による納入業者に対する優越的地位の濫用事例において見られたものと変わるところはありません。
優越的地位の濫用事案をめぐっては、排除措置命令・課徴金納付命令を課された事業者が不服を申し立てて争う事例が相次いでおり、審決や取消訴訟などにおいて、公取委の処分が一部取り消される事案も出ているところです。このように優越的地位の濫用事案において正式命令を発する場合の行政コストが高くなっていることから、今後、同種の事案においては、本件でも利用された確約制度の活用が広がることも予想されます。
確約制度については、上記3の②にあるとおり、確約計画の内容として、多数の納入業者に対する被害回復が実現でき、かつ、行政の効率的な運用にも資することとなりますが、一方で、独占禁止法に違反する行為を行っても謝れば許してもらえるかのような印象を与え、「甘い対応」との批判もあるところですので、今後、優越的地位の濫用事案に対する公取委の調査の動向も気になるところです。