サクッと読めるアメリカ法の実務【第1回】 『情報開示請求の”裏ワザ” ~アメリカ連邦制度を利用した情報開示』
執筆者
1 はじめに
いまやインターネットは私たちの生活になくてはならない存在となりつつありますが、一方で、インターネット上の誹謗中傷や虚偽の流布、著作権侵害などの被害は後を絶ちません。インターネット上で誹謗中傷の被害にあった場合には、その記事が投稿されたプラットフォームに対して、IPアドレスの開示請求の仮処分を行うのが一般的です。実は、日本で投稿され、日本に住むあなたが被害を受けた場合でも、米国の連邦制度を利用して、発信者の情報を開示できることがあります。
2 米国ディスカバリー制度を利用した情報開示
実は、U.S. Code § 1782の定めるところにより、アメリカ国外の裁判の当事者であっても、連邦裁判所に証拠開示手続(以下、ディスカバリー制度といいます。)を求めることができます。ディスカバリー制度は、アメリカ国内の裁判で利用される強力な証拠の収集手続ですが、注目するべきなのは、連邦法において、一定要件のもと、この行使をアメリカ国外の裁判の当事者にも認めているということです。
もっとも、申立ての要件として、開示の対象者がアメリカ国内に居住(会社の拠点)を有していることが必要となりますので、あくまでこの制度を利用できるのは、アメリカ国内企業の保有している情報を取得したい場合に限られます。このディスカバリー制度を利用すれば、比較的早期にIPアドレスの取得が取得することが望めるだけでなく、リカバリー用のメールアドレスや携帯電話番号、アカウントと紐づいたクレジットカードの名義等も開示の対象となるため、開示の対象が限定されている仮処分よりも広く情報を取得できる可能性があります。
3 ディスカバリー制度の活用場面
⑴ 侵害行為がアメリカ企業のサービスを利用して行われた場合
例えば、あなたに対する誹謗中傷がTwitterに投稿された場合には、Twitterはカリフォルニア州を本拠とする会社ですから、ディスカバリー制度を利用することができます。多くのSNSプラットフォームは、カリフォルニア州ベースの会社が多く、Facebook、Twitter、Instagram(Facebookが運営するサービス)、YouTube、Google(口コミ)等に情報の開示を求める場合には、このディスカバリー制度が有用になります。
また、一見するとアメリカの企業が関与していないようなサービス(例えば、インターネット掲示板)でも、調べてみるとクラウドフレアのようなアメリカ企業がそのサービスを提供していることもよくあり、そのような場合もディスカバリー制度を利用することができます。
⑵ 電子メールの発信者を特定したい場合
日本における発信者情報開示請求は、プロバイダー責任法に基づくものなので、サービス提供者がインターネットプロバイダーに該当する必要があります。ですから、このインターネットプロバイダーに該当しないサービス提供者に開示請求をすることは、基本的に認められません。典型的には、電子メールサービス提供者(YahooメールやGmail)は、インターネットプロバイダーに該当しませんから、あなたが電子メールで誹謗中傷や嫌がらせを受けた場合にこの発信者を特定するというのは非常に困難となります。
そこで出てくるのが、このディスカバリー制度です。Gmail(Google)のようなアメリカ企業が提供するサービスを利用された場合には、ディスカバリー制度を利用して、発信者のIPアドレスや電話番号などの開示を求めることができます。
⑶ アメリカの銀行の保有する情報の開示を求める場合
例えば、離婚手続であなたの配偶者がアメリカの銀行に財産を持っているはずなのに開示してくれない場合、ディスカバリー制度によって、銀行に対して、Bank Statementの開示を求めることが考えられます。
そのほかにも米国に所在する人物を呼び出して証言を得たい場合(Deposition)にもこの制度が用いられますし、アメリカ国内に証拠が存在する限り、広くディスカバリー制度の対象となりえます(もちろん申立てが認められるためには要件を満たすことが必要です。)。
4 ディスカバリー制度のメリット
⑴ 守備範囲の広さ
ディスカバリー制度のメリットとしては、すでに述べたとおり、非常に守備範囲が広く、アメリカに所在する証拠については、抽象的には広く対象となりえます。またインターネットにおける発信者情報開示においては、IPアドレスだけでなく、電話番号も同時に開示を求められることもメリットの一つです。
⑵ 開示の早さ
一般的にディスカバリー制度の利用による情報開示は、早く決定が出やすいとされています。この点は、コロナの影響により、若干状況が変わってきております。私がマーシャル鈴木法律総合グループに勤務していた2020年、2021年の状況は、申し立てから決定まで平均2か月程度を要しており、コロナ前は場合によっては1週間程度で決定が出ていた、という状況からは変わりつつあります。
ただ、ディスカバリー制度においては、一方的な申立て(Ex Parte)、つまり相手方の反論などを待たずに裁判所が一方的に命令を出すことができます。ですから、相手方とのやり取りで手続が遅延するという恐れはなく、裁判所がどれだけ早く決定を出してくれるか、が手続面での焦点となります。
5 さいごに
以上、簡単に見てきたとおり、ディスカバリー制度が日本の裁判手続においても、有用な手続であることはご理解いただけたと思います。日本の法制度では、収集が不可能・困難な証拠であっても、ディスカバリー制度という“裏ワザ”を使えば、あなたの手続を前に進めることができるかもしれません。