サクッと読めるアメリカ法の実務【第2回】 『映画エリン・ブロコビッチから学ぶクラスアクション』
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なかなか日本では馴染みのないアメリカの法律実務ですが、気軽にその一端を知ることができる映画があります。今回は、カリフォルニアで実際に起きた集団訴訟事件を題材にした名作エリン・ブロコビッチを紹介いたします。
1 エリン・ブロコビッチのあらすじ
巨大企業を相手に、史上最大級の集団訴訟に勝利した実在の人物を描いた作品で、エリン・ブロコビッチを演じるジュリア・ロバーツが第73回アカデミー賞主演女優賞を受賞した作品でもあります。法律の実務知識が全くなく貧困に苦しむシングルマザーが大企業であるPG&E社を相手に、3億3300万ドルの和解金を勝ち取る様は圧巻で、同時に企業の恐ろしい隠ぺい体質に愕然とし、それに苦しめられる人々の姿、それを助けるために奔走する主人公の姿には心を打たれます。
PG&E社は、長年の間、ある公害物質を垂れ流し続け、工場の周辺住民に深刻な健康被害を与えています。それにもかかわらず、PG&E社は工場周辺の土地の買い取りを申し出て、土地に残った公害物質の隠蔽、周辺住民の口封じを画策します。全く法律ど素人のエリン(彼女が法律事務所に雇われる経緯も笑えるので必見)は、ある書類の整理をしているときに、このPG&E社の申出がおかしいことに気が付きます。
あまり微細なストーリーを書いてしまうとネタバレになってしまいますし、そもそもただの映画レビューになりかねないので、続きはぜひ皆さん、ご自身で確認してくださいね。ちなみにこのPG&E社という会社は、電気とガスを供給する会社で、電力自由化に伴い、2000年に経営危機に陥り、Chapter 11(民事再生法に該当します)の申立てを行っています。
2 Class Actionとは何か
さて、この作品の中でエリンのパートナーとなるのが、弁護士のエドです。彼は当初、PG&E社の姿勢に疑いを持つエリンの主張について懐疑的でしたが、彼女のいうことに真摯に耳を傾け、最終的には周辺住民のため、立ち上がります。
Class Actionとは、代表者が共通の争点を有するClassの人々を代表してそのClassのために訴訟を追行する訴訟形態です。この映画の中で言うと「PG&E社の公害によって健康被害を受けた人たち」がClassを形成するわけです。アメリカでは消費者訴訟や公害訴訟など、複数名の被害者がいる場合にClass Actionを起こすことはよく見られることであり、ひとりひとりの被害額が小さくて弁護士費用を賄えないけども、複数名の原告を集めれば巨額になる場合や、争点が同一の訴訟が複数裁判所に継続することによる社会的資源の浪費や判断の統一化などのメリットがあります。
一方でClass Actionによる判決は、実際に裁判に参加したか否かにかかわらず、Class全体に判決の効力が及ぶ、という強い効力を持ちます。そのため、弁護士がClass Actionを提起すれば、すぐに裁判所が認めてくれるわけではなく、そもそもClass Actionとして認められるための裁判を起こす必要があるのです。アメリカにおける消費者訴訟や公害訴訟を活性化させ、企業に「逃げ得」を許さず、社会としてコンプライアンスを高める仕組みを作っているのです。社会情勢に対応する形で法律を作るのではなく、法律を作って社会を変えよう、より良い方向にコントロールしようというのはとてもアメリカ的だと思います。
3 日本の集団訴訟とClass Actionの違い
日本ではいわゆる日本型Class Actionとして、消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律(消費者裁判手続特例法)に基づく訴訟という制度が用意されています。ただこの制度は、アメリカのClass Actionと大きく異なります。
まず、当事者ですが、アメリカでは被害者であれば基本的に無制限に原告となりうるのに対し、特定適格消費者団体のみが同特例法に基づいて訴訟を提起しうるとされています。また、対象となる事件について、アメリカでは特に限定がされていないのに対し、消費者契約に関連する訴訟など、対象が限定されています。ただし、この点はアメリカにおいても、Class Actionの認定を受ける必要があるので、Class Actionとしてふさわしい争訟か、という点においては審査されることになります。
最後にこれが一番大きな設計上の違いですが、アメリカのClass Actionは、明示的にClassから離脱する旨の意思表示をしない限り、Class Actionの結果に拘束されることになりますが、消費者裁判手続特例法に基づく訴訟では、手続に参加することを明示したものに対してのみ裁判の効力が及ぶことになります。このように、アメリカではかなり大胆な訴訟の制度設計がなされている(参加もしていない裁判の結果に拘束されるというのは極めて強い制度です)のに対し、日本ではあくまで例外的な訴訟制度として、消費者の利益を代表しうる特定適格消費者団体が訴訟を遂行しうるという謙抑的な制度設計となっています。
4 まるでギャンブルのようなClass Action
作中で思うようにことが進まず、追い詰められたエドが「老後のために貯めこんでいたお金も底を尽きてしまった…」と泣き言をいうシーンがあります。実はこのシーンはClass Actionの実務をよく表したシーンなのです。日本でもアメリカでも、弁護士は着手金や時間制報酬をもらいながら仕事をし、実費については都度依頼者に請求するのが一般的です。ですから、基本的に実費が回収できずに損をする、という可能性はあまりありません。
しかし、Class Actionの場合には、弁護士は完全成功報酬制でやるのが通常です。そのため、エドはPG&E社との訴訟のための莫大な調査費用を負担しながら、勝訴判決や和解を得るまで完全にただ働き(どころか費用負担までしている)をしているのです。Class Actionは勝てば天国、負ければ地獄で、Class Actionが原因で破産する弁護士もいるほどです。また、一つの事務所ではリスクが大きすぎるため、複数の事務所(特に財務的な基盤が強い大きい事務所)で事件を担当することもあります。同じようにClass Actionを扱った映画で「シビル・アクション」という作品がありますが、この中でもジョン・トラボルタが演じる主任弁護士が金策に窮する姿が描かれています。
非常に“リアルな”エドの弁護士像
この作品で出てくるエドはもちろん公害に苦しむ人々のために戦う弁護士ではあるのですが、けっして聖人ではありません。「どうもお金になりそうだぞ」と、そろばんもぱちぱちと弾いているわけです。また彼はPG&E社の雇った巨大事務所の弁護士を前にあわあわしながらも、被害者を馬鹿にしたような和解案を見て、決然と宣戦布告をするのです。社会正義の実現という崇高な理念とこの事件で名を上げたい、あわよくば報酬を稼ぎたいという俗な部分を同時に併せ持つ彼の姿は非常にリアルだなと感じました。
誰が見ても爽快な後味を楽しめる作品ですので、ぜひClass Actionがどのようなものかを頭の片隅に置きながら見れば、よりアメリカの法廷を身近に感じられるかもしれません。