第147回 中小企業へのしわ寄せ防止−消費税転嫁対策特措法−
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はじめに
本年4月および平成27年10月に予定されている消費税率引き上げを前に,中小の納入業者等が納入先である大規模小売店等の大企業に対し,増税分を円滑に価格に上乗せ(転嫁)することができるよう,平成25年6月5日,「消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法」(以下「消費税転嫁対策特別措置法」といいます。)が成立し,同年10月1日よりすでに施行されています。
消費税転嫁対策特別措置法は,今回の消費税率の引き上げに伴う転嫁対策を目的としているため,平成29年3月31日をもって失効する時限立法とされています(同法附則第2条第1項)。
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法律の目的
中小の納入業者がある商品を大手スーパーに1個105円(本体価格100円,消費税5円)で納入している場合,消費税率が8%に引き上げられると,通常,消費税率引き上げ後の納入価格は1個108円(本体価格100円,消費税8円)となるはずです。この場合,増税分の3円は適正に納入価格に転嫁されていることとなります。
しかし,大手スーパーとしては,消費税率の引き上げ後も現行の仕入価格(105円)を極力維持したいと考えるため,このような増税分の価格の上乗せを拒むケースなどが考えられ,その場合,中小の納入業者としても大手スーパーとの取引上の関係や取引依存度などを考慮して,渋々これに応じざるを得ない場合も少なくありません。
消費税転嫁対策特別措置法は,このような大規模小売業者等による「買いたたき」や「減額」などの消費税の転嫁を拒否する行為等の禁止をひとつの目的としています。
また,消費税転嫁対策特別措置法は,あたかも消費者が消費税を負担していないか,あるいはその負担が軽減されているかのような誤認を消費者に与えないよう,表示に関する特別措置についても規定しています。消費税は,その性質上,必ず消費者が負担するものですので,例えば,「消費税還元セール!!」など,あたかも消費者に消費税を負担させていないかのような誤認を与える表示などが禁止されます。
以上のとおり,消費税転嫁対策特別措置法は,大きく分けると,(1)転嫁拒否行為等に関する特別措置と(2)表示に関する特別措置の2つをその目的としていますが,今回のコラムでは,主に(1)の内容について取り上げることにしたいと思います。
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禁止される転嫁拒否行為等
消費税転嫁対策特別措置法においては,大規模小売店等の買手は,納入業者等の売手に対し,(1)減額,(2)買いたたき,(3)商品購入,役務利用または利益提供の要請,(4)本体価格での交渉の拒否,(5)報復行為を行うことが禁止されています。
(1)の減額は,買手が売手から納入を受けた商品等について,合理的な理由なく,対価から増税分の全部または一部を減じる場合などをいい,(2)の買いたたきは,原材料費の低減等の状況の変化がない中で,消費税率引き上げ前の対価に増税分を上乗せした額よりも低い対価を定める場合などをいいます。
減額は事後的に対価から増税分を減じて支払う場面を問題とし,買いたたきは値決め時の対価の決定の場面を問題とする点で両者は区別されます。
(3)の商品購入等の要請は,増税分の上乗せを受け入れる代わりに,買手が売手である納入業者に自社の製品の購入を要請する場合などをいいます。
(4)の本体価格(税抜価格)での交渉の拒否とは,売手が納入する商品等の対価の交渉において,消費税を含まない価格を用いて交渉することを大規模小売店等の買手が拒むことをいいます。例えば,納入業者が本体価格と消費税額を別々に記載した見積書を提出したため,大規模小売業者が本体価格に消費税額を加えた総額のみを記載した見積書を再度提出させる行為などがこれに該当します。
(5)の報復行為とは,売手である納入業者等が公正取引委員会等に対し,買手である大規模小売店等の転嫁拒否行為等の事実を知らせたことを理由として,大規模小売店等が当該納入業者との取引を停止するなどの不利益な取り扱いをすることをいいます。
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買手(大規模小売業者等)が留意すべき点
上記2の例でいうと,本年4月以降,納入価格が108円/個より低くなった場合は,自由な価格交渉の結果と認められる特段の事情の説明がない限り,消費税の転嫁を拒む「買いたたき」行為があったものと推認されてしまう可能性があるため,買手(大規模小売業者等)としては注意が必要です。
増税分が上乗せされなかった理由が,売手の自助努力の成果であったり,売手と買手の自由な価格交渉の結果であるのか,あるいは買手による違法な買いたたきなのかの見極めは非常に困難であるため,最終的には,公正取引委員会の裁量が大きく作用することとなります。
そのため,買手としては価格交渉の記録を残すなどの対応が必要となりますが,例えば,納入業者に依頼し,対価の決定に際し転嫁拒否行為はなかった旨の一筆を書いてもらったとしても,買手が取引上の優越的な地位にあるため,強制して書かせたものと見なされてしまい,対応として万全であるとは言えません。結局,価格交渉の記録を丁寧に残していくことが重要となります。
また,法の対象事業者となる買手は,大規模小売業者に限らず,資本金等の額が3億円以下の事業者あるいは個人事業者等から継続して商品または役務の供給を受けている法人事業者も含まれるため,適用対象となる事業者の範囲が広いことにも留意が必要です。
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違反の効果
下請法同様,取引上の劣位にある納入業者から,大規模小売業者等による転嫁拒否行為に関する申告を待つことは期待し難いため,公正取引委員会や中小企業庁などは,匿名のアンケートによる書面調査を実施し,かかるアンケートに対する回答が所管庁による調査手続の端緒となります。
所管庁は,大規模小売業者等に対し報告を求め,立入検査を実施するなどして違反行為の事実を調査し,違反行為の事実が確認されれば,違反行為を是正するために必要な指導・助言を行います。
悪質な企業に対しては,公正取引委員会に対する措置請求がなされ,公正取引委員会は違反事業者に対し,速やかに消費税の適正な転嫁に応じることその他必要な措置をとるよう勧告し,その旨を公表します。
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おわりに
消費税転嫁対策特別措置法については,対象事業者が膨大な数にのぼるため,公正取引委員会だけでは対応ができず,中小企業庁や所管省庁も監視・調査等の対応を行います。そのため,法の適用対象基準(主体・行為類型等)の客観化・明確化が図られており,この基準・要件を満たす場合には,消費税転嫁対策特別措置法が優先的に適用されることとなります。
もっとも,消費税転嫁対策特別措置法の要件を満たさない場合であっても,独占禁止法が規定する優越的地位の濫用行為や下請法の規定する禁止行為に該当する場合などには,別途,これらの法律の問題となり得るため,この点についても留意が必要です。