サクッとは受からない!ニューヨーク州弁護士試験
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今年7月に行われたニューヨーク州弁護士試験(New York Bar Exam、NYBEといいます)は、日本において史上最も注目を浴びた試験といってもよいでしょう。その理由はここで書くまでもありませんが、試験をめぐっては様々な報道がなされ、個人的にその内容に疑問を感じるものも散見されるため、実際に今年7月にNYBEを受験した者としてこの試験に関する客観的な情報を書き留めておこうと思います。
1 NYBEってどんな試験?
- 問題の構成NYBEは2日間にわたって行われる試験で、大きく筆記試験と択一試験(4問の選択肢から正解を選ぶ選択式の試験)に分かれます。1日目が筆記試験、2日目が選択式試験で2020年の7月試験(正確には同試験は延期され、10月開催になりました)から今年の7月試験まではオンラインで行われました。試験の時間は、論文試験、択一試験ともに6時間となっています。論文試験は、MEE(Multistate Essay Examination)とMPT(Multistate Practice Test)という試験で構成されています。
- 出題科目と大事なヤマかけ出題される科目は、択一試験が憲法、民法、刑法といった主要科目8科目、MEEでは択一試験の科目に信託法、家族法、会社法等の7科目が加わり全部で15科目から6問が出題されます。MEEでは、15科目中6科目(組み合わせ問題もあるので、実質7、8科目になることもあります)が出題になるので、どの科目が筆記試験で問われるのか、という「ヤマ」を当てるのも意外と大事になります。この「ヤマ」を販売している業者もあり、「我々は2月試験でも100%的中させた!」というような広告とともに受験生の射幸心をあおります。金額としては、100ドルちょっとくらいで「ここが出るよ(でも外れても責任は取らないよ)!」というようなことを書いたPDFをメールで送ってくれます。私が購入したかどうかは皆様のご想像にお任せしますが、振り返ってみればそれなりの的中率でした。
また、前述の通り、論文試験はMEEのほかにMPTという試験が課され、これは架空の州を舞台にして架空の法律や判例をもとに事案を分析させるというものです。受験生には、依頼者からの相談と架空の法律、判例が与えられ、それに基づいて、事案に対する見込みを記載したリサーチペーパーの起案、相手方の主張への反論のドラフト起案等を作成させる、という形式となっています。つまり、法律の知識ではなく、判例の分析力や事案へのあてはめ能力を問うていることになります。ネイティブの受験生にとっては非常に簡単(とある受験予備校の教師は「Oasisだ」と言っていました)、ノンネイティブにとっては、1時間半の間に20ページ近くある問題文を読み解き、解答を書かねばならずとにかく時間の足りない大変な試験(しかも対策できない)ということになります。実際、私も本番では時間が足りず、冷や汗をかきました。 - みんなが思うほど簡単な試験じゃない!合格点は400点中266点で、択一試験、論文試験ともに50%ずつ配点されています。多くの日本人は、択一試験である程度点数を稼ぎ、論文試験で失点しないようにする、という戦略をとっています。報道では、かの大学の卒業生が90%以上合格率であるとかいろいろ言っていますが、2021年7月試験の外国人受験生の合格率は31%(2回目以降の受験者含む)ですから、やはりネイティブとノンネイティブの間に言語という大きな壁があるのは間違いありません。英語で法律の概念を覚えないといけないので、それにまず時間がかかりますし、当日は問題を読むスピード、書くスピードも全く違います。つまりインプット、アウトプットともに大きなハンディキャップがあります。「日本人の受験生は受かっている人が多いじゃないか?」と思う人もいるかもしれませんが、受験生のほとんどが大学を卒業した5月以降、寝食を惜しんで2か月間みっちり勉強してようやく受かっているのです。確かに試験自体は3分の2以上の得点を取れば合格であり、求められる水準が非常に高いわけではなく、ネイティブにとってはそこまで高い壁ではないというのも事実ですが、ノンネイティブにとっては、言葉の壁が大きな障壁となっているのです。
2 様々な報道についてつっこんでみる
さて、冒頭で述べた通り、日本人からNYBEにここまで熱視線を注がれたことは有史以来なく、NYBEに関して、様々な情報が報道で流布されていますが、正直「Fake Newsではないか」と思うことも多いので、誤解を招きそうな内容に突っ込みを入れていこうと思います。
- NYBEには部分合格が存在する!?とあるネットニュースで読んだ「ニューヨークで勤務経験のある弁護士」の話によると、「2月の試験は落ちた科目だけの受験になるので、働きながらでもなんとか合格できる」そうです。
なんと、私が知らない間に試験制度が変わり、部分合格という仕組みが導入されたようです。もちろん、これは誤りで、さきほど述べた通り、NYBEは択一試験と筆記試験あわせて266点を超えれば合格です。その内訳は問いません。極端な話択一試験200点満点、筆記試験66点でも良いわけです。逆に択一試験が200点満点でも筆記試験が65点なら不合格で、もう一度すべての科目を受けなければなりません。 - NYBEは2振制をとっている!?これまたとあるネットニュースより。
「2020年10月のNYBEでは、過去に受験した人に対して“不合格回数は2回まで”と制限を設けていたため、今後もこうした措置が取られる可能性がある」そうです。
なんと、NYBEはメジャーリーグもびっくりの2振制です!
このニュースの問題点は微妙に本当っぽいことを書いていることです。2020年の10月のNYBEの当初の出願登録は、「NY州内の大学院を卒業したJD生(3年制のロースクール)」が優先され、州外のロースクール、私のような外国教育を受けたLLM生、2回目以上の受験者(Repeater)は後回しにされたという経緯があります。これはコロナで7月試験を延期せざるを得なかったこと、オンライン試験の開催が主催者にとっても初めての試みであったことから出願数を絞るための苦肉の策であり、最終的には我々LLM生も含めて出願の門戸を開きました。なお、この措置は「差別的取り扱いである」とかなりの批判をあび、州内州外の大学から強く抗議を受けるなどかなり混乱を招きました。
というわけなので、仮に2022年2月以降もまたオンライン試験をせざるを得なくなったとしても既にノウハウのあるNYBEの主催者が2振制なる制度を導入する可能性はなく(そもそも去年もそんな立場をとっていない)、この記事で書いているようなことは起きないでしょう。 - NYBEは試験のほかに厳格な身辺調査をされる!?これもまたとあるネットニュースより。
「NYBEでは筆記ばかりか、『Character and Fitness(性格と適正)』という部門が受験者ひとりひとりの人物像について、じっくり考査する」そうです。
なんと、私が知らない間に性格と適正部門なる秘密組織が私の人物像をじっくり考査し、その結果「MuraoはNice Guy!」という判断を下してくれていたみたいです!
確かにNYBEに合格後、弁護士会に登録する際に犯罪歴がないか、過去に懲戒処分を受けていないかなどについて審査の対象となります。この記事ではあたかも筆記試験のほかに面接などによる「適正試験」があるように書いていましたが、弁護士として登録するのに不適切な人物ではないか、ということを登録の際に審査する手続であり、「試験」ではありません(つまりネガティブチェックであり、普通であれば問題なしと判断される)。 - 自己採点で合否が自分でわかる!?これもまたとあるネットニュースより。
「7月末の試験が終わった後、自己採点に基づく感触で“手ごたえあり”、と伝えていた」そうです(主語は皆様で補ってください)。
2021年7月試験はオンライン受験であり、すべての問題は専用ソフトを通じて表示され、解答は同ソフトを通じて提出されています。後から問題や自分の書いた解答を見直すことはできません。また(MPTを除き)試験にメモや筆記用具を持ち込むことも禁じられており、自分が何を書いたかをメモすることも許されていません。ですから、この報道が本当だとすると、択一試験200問の問題文および解答、そして論文試験すべての問題文、自分の解答をすべて暗記したうえで、模範解答もないのに自分で模範解答を作成し、後から答え合わせをした、ということになりますが、そもそもそんな超人は自己採点をする必要もないでしょう。ちなみに私は、試験後にNYBEの感触について問われ、「沖縄名物ジーマーミ豆腐くらいの硬さです」と答えていました。
3 私が言いたいことは・・・
一言でいうとNYBEはそんなに簡単じゃない!ということです。NYBEは誰でも余裕で受かるというような空気は、苦労してなんとか合格した一受験生としてはやはり文句のひとつも言いたくなるものです。また、ニュースソースとして出てくる「情報通」「事情をよく知る関係者」「ニューヨークで勤務経験のある弁護士」の言葉を鵜呑みにしてはいけない、ということも心に刻み付けましょう。