インターネット上の「なりすまし」行為への対応策 ~アカウントの削除請求について~
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近年、欧米諸国を中心に、インターネット上のフェイクニュースや偽情報が問題となっていますが、日本国内においても、個人のSNSアカウントや企業の公式SNSアカウントになりすました「偽アカウント」が発生し、各種の被害が生じているという事例が多発しています。このような、いわゆる「なりすまし」行為自体を規制する法律はありませんが、「なりすまし」の態様によっては、違法な権利侵害行為として民事上の責任追及の対象になることはもちろん、名誉毀損罪や信用毀損罪などの刑事罰の対象となることもあります。
また、ヤフーやGoogleなどのサービス提供会社(コンテンツプロバイダー。以下「CP」といいます。)は、通常「なりすまし」行為を禁止行為として挙げており、「なりすまし」行為は、各サービスの利用禁止につながる行為となっています。たとえば、Twitter社のなりすましに関するポリシーには、「誤解や困惑を招いたり、他者を欺いたりするような方法で、個人、グループ、組織になりすます行為」を禁止するとともに、「混同や誤解を招きかねない形で特定の他人、ブランド、または組織になりすますTwitterアカウント」を永久凍結することがある旨明記されています。
この点、「なりすまし」行為への対応策としては、プロフィール欄の記載や個別の投稿内容などの当該「なりすまし」アカウントのもとでの個別の表現の削除を求めることが考えられます。しかし、個別の表現を削除しても、当該「なりすまし」のアカウントが存在し続ける限り、違法な表現が日々可能な状態が続くこととなります。
そのため、この種の事件の法律相談の際に、より根本的な問題の解決を図る観点から、違法な表現の温床となっている当該「なりすまし」のアカウント自体を削除することができないのか、というご質問を受けることがよくあります。そこで本コラムでは、法的手続に基づいてアカウント自体の削除を請求する場合の問題について解説いたします。
1 削除請求の一般的な方法について
⑴ 削除請求の対象を、アカウントと個別の表現のいずれにするかにかかわらず、インターネット上の違法な表現による侵害状態を回復するための一般的な方法は、①裁判外での削除請求と②裁判での削除請求の2種類に分けられます。
⑵ ①裁判外での削除請求については、CPが削除請求のための要件や方法(メールやウェブフォームなど)を定めていることが通常ですので、CPが定める所定の手続に従って請求を行うこととなります。
②裁判での削除請求については、相手方によっては削除訴訟(本案請求)まで必要なケースもありますが、比較的短期間で結論を出すことができる民事保全手続(違法な表現の仮の削除を求める仮処分の申立て)が利用されることが一般的です。
⑶ この点、①裁判外での削除請求に関しては、あくまでCPが定める削除要件に該当する必要があるため、この要件に該当しない(とCPが考える)表現の削除を求めることは困難です。他方で、①裁判外での削除請求の場合、②裁判での削除請求の場合と比較して、費用や時間などをあまりかけることなく解決することが期待できます。また、基本的には、裁判手続のような厳密な立証が求められることはないため、裁判では削除が困難な事例でも削除が可能となることがあります。
そのため、実務的には、まずは、当該表現がなされたサイトを管理するCPに対して、①裁判外の削除請求を行い、CPが当該請求の全部または一部に応じない場合に、②裁判での削除請求を行うという手順で進めることが通常です。
2 裁判におけるアカウントの削除請求の問題点について
インターネット上の表現に関して削除請求する場合、原則として、削除が可能な範囲は、違法性が認定される部分のみに限られます。すなわち、ある「なりすまし」アカウントに100個の投稿がなされていたとしても、削除対象となるのは、違法性が認められる特定の投稿(たとえば、2022月1月1日17時00分の投稿など)のみとなります。違法性が認定されない部分まで削除を認めてしまうことは、憲法で保障されている表現の自由に対する過度な制約となってしまうからです。
アカウントの削除請求に関しても、上記の原則との関係で、これを安易に認めると、違法ではない通常の表現まで含めて削除してしまうという問題があります。加えて、アカウントの削除によって、当該アカウントによる将来の表現や情報流通のすべてが差し止められるという側面もありますが、これは、判例上、原則禁止とされている「表現の事前抑制」の側面を有するため、この意味でも表現の自由に対する制約が大きいとされています。
このような理由から、アカウントを裁判手続において削除することは、非常にハードルが高いと考えられています。
3 裁判例の傾向について
⑴ 上記のとおりアカウントの削除請求は理屈上難しいものと考えられていますので、実際にも、アカウントの削除を認めた裁判例は、公刊された裁判例ではほとんど見当たらず、さいたま地方裁判所平成29年10月3日決定(以下「参考裁判例」といいます。)が見られる程度です。
⑵ 参考裁判例は、債権者(自然人)が、他人が開設したTwitterのアカウントにおいて、元アダルトビデオ女優と同一人物である旨の虚偽の事実が摘示されていることによって、債権者の名誉権が侵害されていると主張して、債務者(Twitter社)に対して、アカウント全体の削除等を求めて仮処分命令の申立てをした事案です。
上記の申立てに対して裁判所は、「アカウント全体が不法行為を目的とすることが明白であり、これにより重大な権利侵害がされている場合には、権利救済のためにアカウント全体の削除をすることが真にやむを得ないものというべきであり、例外的にアカウント全体の削除を求めることができる」と判示した上で、当該事案が上記の「アカウント全体が不法行為を目的とすることが明白であり、これにより重大な権利侵害がされている場合」に該当するとして、債権者の求める申立てをすべて認めました。上記の参考裁判例の判示内容については、アカウント全体の削除が表現行為の事前差止めの性質を含む点を考慮して、表現行為の事前抑制に関する判例の趣旨を踏まえ、比較的厳格な要件を設定したものと評されています。
4 当事務所で取り扱った事案について
当事務所は、インターネット上の違法行為に関する対応業務についても積極的に取り組んでおり、近時、某サイトにおける「なりすまし」事案に関して、アカウントの削除を命ずる仮処分命令の決定を得ました。当該事案においても、裁判所から、上記のようなアカウントの削除のハードルの高さを示されましたが、当事務所としては、参考裁判例に依拠しつつ、関係資料から、当該事案の背景事情も含め詳細に主張・疎明を行い、その結果、アカウントの削除という依頼者の希望する結果を得ることができました。
もっとも、上記のとおり、アカウントの削除を裁判で実現することは基本的に困難なケースが多いと思われますので、この種の事案では、この点に十分に留意した上で、裁判外の削除請求などの手続を慎重に進めていくことが肝要と思われます。
また、アカウントの削除を実現するためにはそのアカウントに投稿された投稿内容や背景事情など、裏付けの証拠も重要になってきますので、それらをきちんと証拠として残しておくことも重要となってきます。
5 発信者情報開示請求について
テーマの都合上、本コラムでは割愛しましたが、当該表現を行った者(投稿者)を特定するために、発信者情報開示請求を行う方法も考えられ、実際にこのような手続を選択して、投稿者に対する告訴や民事訴訟などのアクションを取ることも選択の一つです。
この点に関しては、令和3年4月に、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律の一部を改正する法律」(いわゆる「プロバイダ責任制限法」の改正法)が成立しており、今後は、同改正法に基づき、より円滑に被害者の救済が実現されることが期待されます。また、日本国内の制度のみならず、アメリカ連邦法やDMCAに基づく情報開示ということも考えられます。
6 おわりに
なりすましやSNSでの不当な情報拡散などの被害については、様々な選択肢があるなかで、コストやスピード、立証のハードルの高さなどを考慮して、ベストの選択をすることが重要となってきます。このような問題でお悩みの方は、一度お気軽にご相談いただければと思います。
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