第154回 いじめ問題への法的対応
執筆者
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はじめに
最近,学校におけるいじめが大きな社会問題として取り上げられています。どんな痛ましい事件が起こっても,いじめ問題がなくなることはありません。そこで,今回は,いじめに対して,どのような法的手段を取りうるかをご説明していきたいと思います。
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いじめ防止対策推進法
近年の状況を受けて,平成25年9月28日,いじめ防止対策推進法が施行されました。同法律は,学校設置者や学校が講ずべき基本施策(道徳教育の充実,早期発見のための措置,相談体制の整備)や国や地方公共団体が講ずべき基本施策(いじめ防止に従事する人材の確保,調査研究の推進,啓発活動)を定め,また保護者が自らの子供がいじめを行わないように指導をすること等が定められています。
この法律自体によって,いじめに対する法的手段を講じるというよりも,後に述べる学校の責任,保護者の責任を追及する際の足掛かりになる(学校の責任や保護者の法的義務が認められる方向に傾く),という点で意味のある法律だといえます。
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いじめの定義
いじめの発端は,往々にして些細なものであり,友人間の「からかい」がエスカレートしていくことが多く,そもそも「いじめ」とはどのような行為を指すかが問題となります。
いじめ防止対策推進法によると,いじめとは「当該児童生徒が,一定の人間関係のある者から,心理的,物理的な攻撃を受けたことにより,精神的な苦痛を感じているもの」(第2条1項)と定義されています。いじめの発生場所は,学校の内外を問わず,また「攻撃」の中には集団による無視やインターネット上で誹謗中傷を行うネットいじめなど心理的圧迫で相手に苦痛を与えるものも含みます。
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いじめ加害者に対する責任追及
(1) 刑事責任の追求
いじめ加害者に対しては,刑事責任を追求することができます。暴力を振るわれ傷害を負わされた場合には傷害罪,また威圧されて金銭を奪い取られた場合には恐喝罪などの刑が成立することになります。なお,心理的な攻撃により,心的外傷後ストレス障害(PTSD)を罹患した場合にも傷害罪が成立する余地があります。ア 告訴状の提出
学校におけるいじめについて,捜査機関が自ら動いてくれることはまずありませんので,こちらから告訴をする必要があります。告訴は口頭でも出来ますが,確実に捜査機関に動いてもらうためには,告訴状を提出した方が無難です。
告訴状には,告訴事実(いじめの事実)を出来る限り,時間・場所を特定して,細かく書き,さらに告訴事実(いじめの事実)を裏付ける証拠を添付して提出し,捜査機関の捜査が早急に進むように準備しておくことが肝要です。
学校内の問題については,捜査機関も立ち入ることに躊躇し,告訴の受理を拒否することもありえますが,捜査機関には告訴の受理義務がありますから(犯罪捜査規範63条等),証拠上,告訴事実が明らかであるとして捜査機関に受理するよう交渉するべきでしょう。告訴については,受理されるまで,また,受理してから捜査を完了するまでは相当,長期に渡ることが通常です。
なお,告訴はいじめ被害者本人ができることはもちろんのこと,いじめ被害者の法定代理人(親権者が典型例です)もすることができます。
イ 不起訴処分となった場合
捜査機関が捜査を行った結果,最終的に不起訴の判断をされた場合,この判断に不服があれば,検察審査会に対して,その処分の当否の審査を求めることができます。
(2) 民事責任の追求
いじめ加害者に対しては,不法行為に基づく損害賠償請求をすることができます。ただし,いじめ加害者が未成年者で自己の行為の責任を弁識するに足りる知能(これを「事理弁識能力」といいます。)を備えていなかったときは,賠償の責任を負わないことになります。事理弁識能力とは,自己の行為の結果について認識する能力のことであり,一般的には小学校の低学年程度で備わると言われています。事理弁識能力を備えた未成年者に対しては,損害賠償請求をすることができますが,通常は損害賠償債務を支払う資力がなく,絵に描いた餅に終わってしまうことになります。
いじめ加害者の親権者に対する請求
いじめ加害者の親権者に対しては,未成年者である加害者の監督義務者として監督義務を怠ったとして,不法行為に基づく損害賠償請求をすることになります。
(1) まず,いじめ加害者が未成年者で事理弁識能力を欠く場合には,民法第714条に基づき,監督義務者が義務を怠らなかったこと,もしくは,その義務を怠らなくても損害が生ずべきであったことを監督義務者側が立証しない限り,いじめ加害者の親権者が損害賠償義務を負うことになります。
(2) しかしながら,通常はいじめ加害者が事理弁識能力を備えていないということは少なく,このような場合(つまり,いじめ加害者が事理弁識能力を備えている場合)にも監督義務者が損害賠償義務を負うかどうかが問題となりますが,これについては最高裁判決(最高裁昭和49条3月22日判決)により肯定されているところです。
このような場合には,被害者側が監督義務者の過失及び加害行為による損害との因果関係を立証する必要がありますが,容易なことではありません。なぜなら,監督義務者が監督責任を怠ったという事実とそれにより損害が生じたことの立証は,親がきちんと面倒を見ていないという抽象的なレベルではなく,適切に監督義務を果たしていれば,いじめという加害行為を十分回避することができたという具体的な事実の立証が必要だからです。
これらの立証のためには,[1]いじめ加害者の非行歴,[2]学校内での態度,[3]被害者から監督義務者に対する申入れの有無,[4]被害者から学校に対する申入れの有無,[5]学校からの指導などの事実を主張し,監督義務者がいじめの事実またはいじめ加害者の他害的傾向を十分に把握していたこと,さらに監督義務者が適切な指導を行えば,十分に加害行為を防止することができたことを立証する必要があります。そもそも,監督義務者がいじめ加害者の動静に何らの関心も示さず,放置していたような場合には,その事自体を監督義務者の過失と主張することが可能でしょう。
学校に対する請求
学校に対しては,不法行為に基づく損害賠償請求と学校が負うべき安全配慮義務に違反したとして債務不履行に基づく損害賠償請求が考えられます。いずれの構成であっても,学校側が負うべき注意義務の内容及びその懈怠が争点となることに変わりがありませんが,安全配慮義務違反による請求は消滅時効の期間が10年ですから(不法行為による請求は3年),消滅時効の点からは有利と言えます。
なお,不法行為に基づく損害賠償請求については,国公立学校については国家賠償法に基づく請求となり,私立学校の場合には民法に基づく請求となります。
ここでの請求も,いじめ加害者の親権者に対する請求と同様に,学校側の過失(安全配慮義務違反)及び加害行為による損害との因果関係を立証する必要があります。
これらの立証のためには,[1]被害者の学校内での態度に不審な点があったこと,[2]いじめ加害者の学校内での態度,[3]いじめ加害者の非行歴,[4]被害者が過去にいじめの被害者になっていたこと(また,その際に学校に対して,改善の申入れをしたこと),[5]被害者から学校に対する申入れの有無などの事実を主張し,学校がいじめの事実を把握していたまたは把握すべきであったのに怠ったことを立証する必要があります。
担当教師がいじめの事実を把握していない場合であっても,通常の担当教師であれば,いじめの事実を認識し得たという場合であれば,その事自体を義務違反と主張することが可能でしょう。
担当教師に対する請求
担当教師に対しては,不法行為に基づく損害賠償請求をすることになります。ただし,国公立学校においては,教師は公務員であり,最高裁判決(最高裁昭和30年4月19日判決)により,学校に対して,国家賠償法に基づく請求を行っている場合には,公務員個人は被害者に対して損害賠償責任を負わないことになっていますので,注意が必要です。
裁判のための証拠収集
いじめ被害についての訴訟は,そもそもいじめの存在自体から争われることもありますし,またいじめ自体,秘密裏に行われる行為であり,親権者や学校の責任を追求するためには細かい事実を積み重ねるほかありません。
ですから,できるかぎり,[1]いじめの事実については,日時,場所,誰にされたかを特定したメモを作成する,[2]レコーダーでいじめの実態を記録する,[3]いじめ加害者からのメールは保存しておく,[4]ネットいじめにおいては,サイトのページを保存する,[5]学校やいじめ加害者への申入れ・話合いについては,書面で申入れを行ったり,レコーダーで記録したりするなど事実を記録化することを心がけるべきでしょう。
いじめの事実を記録化することは被害者にとっては大きなストレスになりますし,レコーダーなどが加害者に見つかり,より大きな被害が生じるおそれもありますので,被害者の心身のケアを十分に図りながら,慎重に対応する必要があります。
まとめ
いじめは,学校内で秘密裏に行われる行為であることから証拠を集めることが難しく,被害者自身がいじめの事実を隠そうとする傾向にあり,またいじめのことを思い出す,記録化すること自体が大きなストレス要因となりますので,難しい対応を強いられます。いじめに対しては,本コラムで述べたような「反撃」が可能であるということを心の片隅においていただければと思います。
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