第158回 日中両国における判決の相互承認・執行の可否
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日中両国にまたがる商取引契約や合弁契約等に関して相談を受けている際に、よく取り上げられる問題点として、日中両国における判決の相互承認・執行の可否という点があります。
日本側当事者としては、できる限り日本国内の裁判所で中国側当事者を訴え、勝訴判決を得たいところですが、日本の裁判所によりなされた判決は、中国でも執行することができるのでしょうか。
また、中国側当事者が、中国の法院(裁判所)で日本側当事者を訴え、勝訴判決がなされた場合、この中国の法院による判決は、日本で執行することができるのでしょうか。
これに対する現時点(2014年5月現在)での回答は、いずれも「NO」(いずれも執行できない。)となります。理由は以下の通りです。
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日本の民事訴訟法(日本民訴法118条)も、中国の民事訴訟法(中国民訴法281条)も、相互主義(相互承認を定めた条約や裁判等の前例等により、一方の国家の裁判所の下した判決が、他方の国家の裁判所で相互に承認されることが保障されていること)を取っていますが、日中間には、現在のところ、相互主義を定めた条約や二国間協定は存在しません。
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また、裁判等の前例についてみても、中国の法院の判決について、日本の裁判所がその執行承認を認めなかった事例(大阪高等裁判所平成14年(ネ)第2481号事件)、逆に、日本の裁判所の判決が中国の法院において認められなかった事例(最高人民法院司法解釈<我が国の法院が日本国の裁判所が行った債権債務の存否にかかる判決を執行すべきか否かについての回答> 法[1994]第17号)があり、裁判等の前例においても、相互主義は認められていません。
上記の裁判等の前例は、既に判断から10年以上経過しており、少し古くなってきていますが、その後もこれらを覆すような判断はなされておらず、現在もこの裁判等の前例に基づいて考察するのが、実務の大勢です。
従いまして、中国側当事者の財産が中国国内にしか存在しない場合は、(仲裁合意がある等の特殊事情がある場合を除き)中国の法院で勝訴判決を取得する他ないことになります。ただ、中国の法院での裁判は、当該地区の行政が裁判官の人事権を握っていることから、「地方保護主義」が働く可能性があり、当該地域で活動している中国側当事者に有利な判決がなされる可能性がありますので、これにより不利益を受ける可能性があります。(但し、北京や上海等の大都市圏では、昔のような露骨な「地方保護主義」は見られなくなってきてはいます。)
更に、特に回避しなければならないのが、契約書において、日本の裁判所を第1審の専属管轄裁判所とする、専属的管轄合意を行うことです。通常であれば、このような専属的管轄合意は日本側当事者に有利であると考えられていますが、日中間における契約については、上記のとおり、日本の裁判所で得た判決は中国では執行できず、また、このような条項がある場合、中国の法院は、管轄違いを理由として事件を受理しませんから、このような専属的管轄合意を行ってしまうと、却って、裁判による紛争解決を不可能にしてしまいます。
もちろん、中立な判断が期待できる仲裁合意を行うことも有用ですが、仲裁の申し立てを行うには、通常の裁判に比べ、ある程度高額の仲裁費用を要することや、中国法上の仲裁合意については、条件や文言がある程度具体的に定められていなければ、仲裁合意が無効になるリスクがありますので、当該契約書にかけられるコストや仲裁合意のワーディングには注意が必要です。
日中両国における商取引契約や合弁契約等において、もっとも適切な紛争解決条項を規定するには、以上のような点を踏まえて判断がなされる必要があります。