業務上の指導の留意点 ~パワハラ防止のために~
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1 はじめに
「●●という指導をしたら部下からパワハラと主張された」、「パワハラと指摘されるのを懸念して十分な指導ができない」といったご相談は、クライアントの皆様から日常的によくお受けする相談のひとつです。パワハラに該当するか否かの判断は、前後の具体的な事実関係によっても変わってきますし、裁判例における判断にもブレがあります。したがって、明確な境界線というのをお示しするのは難しいのですが、今回のコラムでは、パワハラの定義、パワハラ該当性の判断の際の考慮要素等をふまえつつ、業務上の指導の際にパワハラと判断されないための留意点を検討したいと考えております。
2 パワハラの定義とパワハラ指針
⑴ まず、法律上のパワハラの定義を押さえたうえで、厚生労働省が策定した「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年1月15日厚生労働省告示第5号。以下「パワハラ指針」といいます。)の中から、業務上の指導との関係で留意すべき考慮要素をピックアップしておきたいと思います。
⑵ 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(以下「労働施策総合推進法」といいます。)30条の2第1項およびパワハラ指針によれば、同法に基づく雇用管理上の措置が必要となるパワハラの定義は、以下のとおりです。
① 職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより ③ その雇用する労働者の就業環境が害されるもの であり、①から③までの要素を全て満たすもの |
⑶ そして、パワハラ指針によれば、適正な業務上の指導とパワハラとの境界線を検討するうえで特に留意する必要がある上記の②の要件(業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの)について、以下のような説明がなされています。
<パワハラ指針 の2⑸(抜粋)>
「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動とは、社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、又は その態様が相当でないものを指し、例えば、以下のもの等が含まれる。 ・業務上明らかに必要性のない言動 ・業務の目的を大きく逸脱した言動 ・業務を遂行するための手段として不適当な言動 ・当該行為の回数、行為者の数等その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動 この判断に当たっては、様々な要素(当該言動の目的、当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、行為者との関係性等)を総合的に考慮することが適当である。また、その際には、個別の事案における労働者の行動が問題となる場合は、その内容・ 程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係性が重要な要素となることについても留意が必要である。 |
さらに、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律第8章の規定等の運用について」(令和2年2月10日雇均発0210第1号。以下「パワハラ運用通達」といいます。)の第1の1⑶イ⑤では、上記の考慮要素について、以下のような補足がなされています。
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- 労働者の「属性」とは、例えば、労働者の経験年数や年齢、障害がある、外国人である等が含まれ得ること
- 「心身の状況」とは、精神的又は身体的な状況や疾患の有無等が含まれ得ること
- 労働者に問題行動があった場合であっても、人格を否定するような言動など業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動がなされれば、当然職場におけるパワーハラスメントに当たり得ること
⑷ 以下では、パワハラ指針、パワハラ運用通達等で指摘されている考慮要素も意識しつつ、業務上の指導の際にパワハラと判断されないための留意点をいくつか挙げていきたいと思います。
3 業務上の指導における留意点
⑴ 業務上の必要性、指導の目的を意識する
裁判例等の傾向としては、指導の相手方に指導を受けるきっかけとなるような問題行動(顧客からの苦情、明確なミス、不正行為など)がある場合には、業務上の必要性が認められ、厳しい指導を行ったことそれ自体でパワハラと認定される可能性は低いものと考えられます。
しかし、仮にこのような業務上の必要性が認められる場合であっても、特定の対象者に対してのみ厳しい指導を行ったり、およそ効果が認められないような指導(例えば、大量の始末書や反省文を書かせるなど)を行ったりした場合には、業務の目的を逸脱したものとして、パワハラに該当する可能性が高くなります。
⑵ 「人・人格」ではなく「行為・行動」に着目して指導する
上記のパワハラ運用通達でも、「人格を否定するような言動」がパワハラに該当することが明記されていますが、人間誰しもカッとすると相手の人格を否定する発言(例えば、「バカ」、「アホ」、「こんなこともわからない・できないお前は●●だ」など)をしてしまいがちです。このような発言は、いたずらに相手に精神的ダメージを与えるのみならず、具体的な業務上の問題点が明確にならない点で指導として効果的とも言えません。人格の否定につながる発言をしないことは、パワハラを避けるために最も重要なポイントであり、誰しもがやってしまいがちなだけに、最も注意しなければならないポイントでもあります。
業務上の指導をするときには、「罪を憎んで人を憎まず」ということを意識し、「人・人格」ではなく、問題となった「行為・行動」にフォーカスして、できる限り具体的に業務のプロセスやアウトプットの問題点を指摘するようにすることが重要です。
⑶ 指導の頻度・継続性に留意する
パワハラ指針でも、「当該言動の態様・頻度・継続性」が考慮要素として挙げられていますが、仮に指導を必要とするような問題行動があり、かつ、指導の内容自体は問題ない場合であっても、一度のミスに対して繰り返し、又は長時間執拗な指導を行ったような場合には、頻度・継続性の観点から「相当な範囲を超えた」ものとしてパワハラに該当する可能性が高くなります。もちろん、同じようなミスが繰り返される場合には、その都度適時に指導することも重要であり、実際には判断が難しい場面もありますが、頻度や時間が行き過ぎていないか、という点は頭に置いておくべき留意点であると考えられます。
⑷ 人前での指導は控える
業務上の指導を行う場合には、多くの人が見ている場所ではなく、できる限り個室等で行うよう留意することも必要です。厳しい指導を行っている様子を他の従業員にも見せて職場の雰囲気を引き締める、という効果もあるかもしれませんが、人前での指導については対象者に対する心理的負担が大きいことから、裁判例等においても相当性が否定される例が多いように思われます。
同様に、CCに多くの人を入れてメールで指導することについても、人前での直接の指導と同様の問題点がありますので、控えるべきであると考えます。
⑸ 事後的なフォローも意識する
裁判例の中には、「厳しい指導を行った後に心情を和らげるような措置をとっているか」という点がパワハラ該当性の判断に当たって考慮されているものがあります。この観点からは、勢い余って指導が行き過ぎたと感じた場合には、率直に謝罪する、指導と合わせて期待や励ましの言葉をかけるといった配慮も必要になるものと考えます。
4 おわりに
パワハラ指針でも指摘されているとおり、行政や裁判所におけるパワハラ該当性の判断にあたっては、各種の要素や状況が総合的に考慮されますので、上記3の留意点の一部が守られていなかった場合に即座にパワハラに該当するわけではありません。一方で、業務上の指導の際に上記3の留意点を意識するだけでも、事後的にパワハラと判断される可能性は格段に低くなるものと考えます。
令和4年4月1日から、労働施策総合推進法に基づくパワハラに関する雇用管理上の措置義務の対象は、中小企業にも拡大されております。この機会に、再度パワハラ防止のための体制整備や従業員に対する意識付けをご検討いただければと思います。