米国司法試験-オンライン受験と会場受験-
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もう二度と人生で試験と名のつくものは受けるものか!と日本の司法試験が終わった後に固く心に誓ったものですが、人生とは不思議なもので遠い異国でまた司法試験を受けることになろうとは思いもしませんでした。ニューヨーク州の司法試験が終わった後にも、もう絶対に試験なんか受けない!と思いましたが、何の因果か、今年の2月にカリフォルニア州の司法試験を受けてまいりました。コロナの影響で、2020年10月試験から2021年7月までは、オンラインで行われていましたが、コロナの感染者が落ち着いたこととオミクロン株が従来株よりも弱毒化していることから、2022年2月試験は、オンラインではなく、各州内の会場で行われました。
今後、またコロナの変異株の出現や何らかの事情で米国の司法試験がオンラインで行われる可能性もゼロではありませんので、実際にオンライン受験と会場受験を体験した受験者として、それぞれの試験方式で感じたことをお伝えしたいと思います。
1 出題範囲、出題傾向に変化はない
2020年10月試験は出題問題数を減らすなどイレギュラーな形で行われましたが、その後のオンライン受験については、従来の試験と同じ問題数、問題構成で行われました。若干、出題予想を売りにしている業者の読みが当たりにくくなった(2020年10月試験がイレギュラーだったせいかもしれません)という噂もありますが、基本的な出題パターン、頻出の論点などに変化は見られませんでした。
2 試験の時間は同じだが、タイムテーブルが違う
トータルの試験の時間については、オンライン受験、会場受験ともに同じでしたが、タイムテーブルが異なります。例えば、カリフォルニア州ですと、エッセイが5問、パフォーマンステスト(ニューヨーク州司法試験ではMPTと呼ばれるテストです。その内容については、前回のコラムをご覧ください)が1問という構成で、エッセイが1問1時間、パフォーマンステストが1時間半という配分です。オンライン受験ですと、1時間でエッセイ1問を解いて、小休憩をはさみ、またエッセイ1問という形で1時間ごとに区切られたタイムテーブルになっていました。しかし、会場受験ですと、3時間という時間が与えられ、その間に3問のエッセイ、午後は3時間半の時間が与えられ、2問のエッセイ、1問のパフォーマンステストを解くというタイムテーブルになっていました。オンライン受験のほうが1問ごとに時間が区切られるので、ある問題に時間を割きすぎて残りの問題を解く時間が足りなくなるという時間配分のミスはなくなるという面があります。一方で、会場受験ですと、得意な分野や論点が少ない科目のエッセイを早く終わらせて、苦手分野や論点の多い科目に時間を割くという戦略を立てられるというメリットがあります。個人的には1問1時間、ということを気にしながら3時間の持ち時間を使うより、最初から区切ってくれているオンライン受験のほうが気は楽でした。
3 オンライン受験で感じる紙のありがたさ
オンライン受験では、問題文もすべてがパソコン上で表示されます。一応、問題文に線を引く機能もありましたが、非常に使いづらく、特に問題文の長いパフォーマンステストにおいて、
引用したい判例の文言や問題文の中に出てくる事実を抜き出すのに苦労しました。会場受験ですと、問題文は紙で配られますから、マーカーや鉛筆を使って、メモを書いたり線を引いたりでき、紙のありがたさを感じました。ちなみに会場受験でもエッセイはパソコンで解答を作成し(希望すれば紙での回答も可能)、選択式問題はマーク式の解答用紙に鉛筆でマークするという方式でした。
4 オンライン受験の不正行為監視の手段
オンライン受験では、各自が好きな場所で受けられますから、当然、不正行為が横行する危険があります。そのため、オンライン受験中は、専用のソフトによって受験者の顔がビデオで録画され、受験中の音もすべて録音されます。これらの録画・録音データは、AIによるスクリーニングと司法試験委員のチェックにより、不正行為があったとみなされた場合には失格となります。私の友人は、オンライン受験後、合格発表前に「受験中に不審な動きがあったので、審議中です」という趣旨のメールを受け取ったそうです。友人は、落ちたものを拾おうとしてモニターから一瞬映らなくなった瞬間があったからそれがひっかかったのではないかと話していました。結局、不正行為という判定にはならなかったようなので、おそらくAIで不審な動きをしたと思われる受験生をスクリーニングして、その映像を委員が実際に見て、判定しているのだろうと思います。一瞬モニターの前から離れるだけでこのようなメールが来るということなので、非常に厳格に見ているのだなと思いました。
ちなみに会場受験では、試験後、「試験官が問題用紙を回収するまで私語は禁止!」とアナウンスされていましたが、割と「出来はどう?」とか「あそこってこういう論点だよね」というような話をしている受験生も見られました。
5 とにかく長い注意事項説明
オンライン受験ですと、5ページほどの注意事項が表示され、それをクリックしていけばすぐに試験が始まります。一方で会場受験の場合、試験官から長々と注意事項が読み上げられ、それが5分~10分近く続きます。一度試験が始まると3時間ぶっ続けとなり、トイレのために途中退席しても時計は止まりませんので、いかにこの注意事項の説明中にぎりぎりでトイレに向かうか、というのが意外と大事になります。各受験生がチキンレースのように試験官の説明を伺いながら、「この説明ならまだいけるな」とか「この説明が最後のチャンスっぽい」という感じで次々にトイレに向かっていました。日本の試験だと考えられませんが、試験官の説明中は特に何も言わずに席を立ってトイレに向かっても問題はありませんでした。
6 受験生の負担が少ないオンライン受験
オンライン受験ですと、お子さんがいる家庭や静かな環境を準備できない方はホテルを取ってそこで受験していたようで、適切な場所の確保というのは大きな課題になります。しかしながら、(時差の問題はありますが)そもそもアメリカに行かずとも受験できますし、試験会場までのアクセスなどを心配する必要がありません。パソコンを立ち上げて、すぐに受験が可能ですので、ぎりぎりまで知識の確認をしたり、休みを取れるという点もオンライン受験の良い点だと感じました。私は、昨年のニューヨーク州の司法試験のオンライン受験終了後、1分後にはビールの栓を開けて一人で慰労会を開催していました。
7 トラブルに弱いオンライン受験
ただ一方でオンライン受験では、トラブルが発生した場合の対処が問題となります。受験中にパソコンがフリーズした場合などは、自分で電話連絡をして指示を仰がなければなりません。オンライン受験中にパソコンがフリーズし、指定の連絡先に連絡したもののなかなか繋がらず、絶望を味わったという話を友人から聞いて、ぞっとしました。幸いにも友人は何とか電話連絡ができ、事なきを得ましたが、かなり焦ったようです。私もパフォーマンステスト中に線を引いた部分がなぜかすべて消えてしまい、絶望を味わいました。やはり使用するパソコンについては、ある程度新しく、トラブルの少ない使い慣れたものを用意することが大事だと思いました。
8 一体感と“アメリカ”を感じる会場受験
私が受験したオークランドの会場は、ざっと300人くらいの受験生がいました。みんなピリピリしているのかと思いきや、割と試験前に気楽に話しかけてきたり、一緒に頑張ろう、という感じの雰囲気がありました。アメリカ人の気質もあると思いますが、アメリカの司法試験が相対評価(何位以上が合格)ではなく、絶対評価(何点以上が合格)であるということも関係しているのではないかと思いました。
試験会場には基本的に限られたものしか持込みができず、財布やスマホ、カバンを試験会場外に置いておかなければならないのですが、ロッカーなどは用意されておらず、会場の外の廊下にカバンを置くように指示されました。会場はホテルの会議場だったので、ホテルの廊下に大量のカバンが置かれているというのは、なかなか壮観でした(防犯上は不安でしたが・・・)。また、もう一つ驚いたのが、選択式試験では当然鉛筆を持っていく必要があるのですが、私の後ろの受験生が削っていない新品の鉛筆を持ってきていて、「鉛筆削り持ってくるの忘れたから鉛筆貸してくれない?」と試験直前に言ってきたことです。いや、ふつう削って持ってくるだろうとか、もっと早めに気づくだろうとかいろいろ思いましたが、当の本人は全く焦る様子もなかったので、安全のために10本も持ち込んだ自分が馬鹿らしくなりました(彼は、私を含め何人かから鉛筆を借りて乗り切っていました)。また、会場には時計が一切ないため、時計を持参することは必須なのですが、意外にも持ってきていない受験生も多く、「前の受験生の時計が見えるから大丈夫よ」と言っていたのもアメリカだなぁと思いました。
9 大事なのは・・・
オンライン受験でも会場受験でもトラブルや知らない論点、時間配分のミスがあっても焦らないことが大事だと思います。焦っても何も良いことはありません。また細かいことですが、試験中に暑さや寒さを感じたりするので、体温調整をしやすい服装で臨んだ方が良いように思いました。
個人的には、オンライン受験という特殊な方式で試験を受けられたこと、会場受験で現地の雰囲気を感じながら試験を受けられたことは非常に良い経験になりました。ただ、これだけは言っておきましょう。「もう二度と試験は受けたくない!!」