第165回 預金者保護法の概要
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- はじめに今年の8月14日,千葉県でサーファーや釣り客を狙った車上荒らしが逮捕されました。犯人の男らは,サーファーが暗証番号を語呂合わせで「1173(いいなみ)」にしていることが多いことを知って,盗んだキャッシュカードで預金を引き出していたそうです。平成18年2月10日に預金者保護法が施行されてから,既に8年以上も経過しましたが,未だに盗難キャッシュカードにより預金を引き出される被害は後を絶ちません。預金者保護法は,いざというときに自分の財産を補償してくれる重要な法律ですから,一度その概要を確認しておきましょう。
- 預金者保護法とは預金者保護法は,正式には「偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われる不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律」というやたら名前の長い法律です。その概要は,偽造・盗難されたキャッシュカードによって,個人の預金口座から預金が引き出された場合に,金融機関にその被害金額(払戻し手数料も含みます)について,補償義務を課すものです。
- 偽造カード被害に対する補償預金者保護法は,偽造カードを用いて行われた預金の払戻しを原則無効として,預金者の保護を図るものです。
例外的に(i)預金の払戻しが預貯金者の故意により行われた場合,(ii)金融機関が預貯金払戻しについて善意無過失の場合で,かつ預貯金者の重過失により預金の払戻しが行われた場合には,補償を受けることができません。重過失とは,故意と同視しうる程度に注意義務に著しく違反する場合であり,例えば,暗証番号をカードに書き記している場合や不正利用の可能性が高いのに預貯金者自らがカードを安易に第三者に渡した場合などがこれに当たると言われています。ただし,過失は,事案ごとに判断されることになりますから,必ずしも上記の事情があることだけで重過失になるとは限りません。
- 盗難カード被害に対する補償
(1) 預金者保護法によると,盗難されたキャッシュカードによって,被害を受けた預貯金者が被害額の補償を求めるためには,次の要件を満たしていることが必要です。すなわち,(i)預貯金者がキャッシュカードの盗難について速やかに金融機関に通知したこと,(ii)金融機関の求めに応じ,キャッシュカードが盗まれた状況について十分な説明を行ったこと,(iii)金融機関に対して,警察署や検察庁にキャッシュカードの盗難の届出をしていることを申し出たことが必要となります。以上の要件を満たした預貯金者からの補償の請求に対して,金融機関は,原則として,被害金額を全額補償することとなります。
この場合に,補償される範囲は,預貯金者から金融機関に対して,盗難被害の届出があってから原則30日以内の被害に限られていますので,30日以内に銀行に盗難被害を受けたことを通知する必要があります。手元にキャッシュカードがない場合に,単にキャッシュカードを無くしただけなのか,盗まれたのか判断がつかないことが多いとは思いますが,30日以内の届出という要件を満たすために,とりあえず盗難された旨の通知をした方が良いと思います。
(2) 盗難カードによる被害に対する補償についても,例外がいくつか定められており,本稿では,実務上よく問題となる例外事由のみ取り上げます。
まず,預金者に重過失がある場合には,金融機関は,被害金額について補償をする必要はありません。重過失の内容については,偽造カード被害に対する補償の場合と同様です。
さらに,預貯金者に過失がある場合(ただし,金融機関が善意無過失であることが前提です)には,補償金額が被害額の4分の3に減額されることになります。
預貯金者に過失がある場合とは,キャッシュカード自体の管理や暗証番号の管理に落ち度がある場合を指し,具体的には個々の事例に即して判断されることになります。よく問題となるのは,暗証番号を生年月日としており,キャッシュカードを免許証と一緒に財布に入れていたところ,財布ごと盗まれてしまったというケースです。
全国銀行協会の申し合わせによりますと,これだけで預貯金者の過失を認定することはせずに,さらに預貯金者に対し,何度も暗証番号を生年月日から別の番号に変更するように直接,注意喚起していたのに,変更せずに使用し続けた場合には,過失が認められるとされています。これには,多くの預貯金者が生年月日などの身近な数字を暗証番号として利用してきた経緯があり,また免許証とキャッシュカードを財布に入れて持ち歩くことは通常の行動であり,過失とは言いがたいという判断があるようです。なお,預貯金者への注意喚起はポスターなどの預貯金者全般に対するものでは足りず,預貯金者に直接,ダイレクトメールや電話で注意を喚起することが必要だと言われています。
- 銀行による自主ルール
(1) 個人の盗難通帳による不正払戻し,インターネットバンキングによる不正払戻しに対する補償
預金者保護法が補償の対象としているのは,「個人のキャッシュカード」による不正な払戻しであり,盗難通帳やインターネットバンキングによる被害を補償の対象としていません。
そこで,全国銀行協会は,個人の盗難通帳による被害,インターネットバンキングによる不正な払戻し被害に対して,預金者保護法に準じて,補償を行うという自主ルールを策定しました。内容としては,預金者保護法の盗難カード被害に対する補償と同様に,(i)銀行への被害事実の届出,(ii)銀行への説明,(iii)警察署・検察庁への被害の申述(インターネットバンキング被害については「捜査当局への事情説明」とされています。)をすることを要件とし,また預貯金者に過失が認められる場合には,一部の補償を行わないとするものです。
(2) 法人口座からの不正払戻しに対する補償について
法人の預金口座からの不正な払戻しについても,預金者保護法は,対象としておらず,各銀行が自主的に補償に関するルールを定めているところです。
今年の7月17日には,全銀協から「法人向けインターネット・バンキングにおける預金等の不正な払戻しに関する補償の考え方」が示されました(詳しくは全銀協のHPをご覧ください)。これによりますと,預貯金者のセキュリティ対策がなされていることを前提に一定金額を上限に補償を行うことを各銀行に検討を促す内容となっています。あくまで補償を行うかどうかは,各銀行の経営判断とされていますので,現在お使いの銀行が補償に関してどのようなルールを策定しているかは,普段からチェックしておく必要があります。
- 過失の判断について
(1) これまでも何度も書いてきていますが,過失の判断は事案ごとになされます。例えば,同じようなキャッシュカードの管理,暗証番号の管理をしていても,預貯金者が高齢者か若年者かによって判断が異なる可能性は十分にあり得るところです。
また,社会情勢によってその判断が変化する可能性もあります。預金者保護法が施行されて8年が経過し,これだけキャッシュカードの管理に注意喚起がなされ,暗証番号を推認しやすい番号にしないように呼びかけられていることからすれば,今後,預貯金者への直接の注意喚起がなくとも過失と評価されるように解釈されることも十分にあり得るところです。
(2) また,全銀協の「法人向けインターネット・バンキングにおける預金等の不正な払戻しに関する補償の考え方」によると法人は,一般の預貯金者よりもセキュリティ対策等への対応力が相対的に高いと考えられることから,過失の判断は厳格になされるものと思われます。もちろん,この判断についても企業規模などにより変わるものですので,どこまでの対策を尽くせば,過失と判断されないかについて一概にいうことはできませんが,ご自身の会社規模から考えて十分な不正払戻し対策を行っていることが重要となるでしょう。
- おわりにいずれにしても,万が一のときに金融機関から被害金額全額について補償を受けるために,暗証番号を推認しにくいものに設定し,速やかに金融機関に被害を通知し,警察署や検察庁に被害届をすることが重要といえます。
もし,今お使いのキャッシュカードの暗証番号を生年月日やぞろ目,車両のナンバーなどに設定しているのであれば,すぐに変更することをお勧めします。預貯金者の過失が認定されて,被害金額の一部しか補償を受けられなくなる,なんてことは避けたいものです。