第167回 妊娠中の軽易業務への転換に伴う降格処分の有効性 〜平成26年10月23日最高裁判決について〜
執筆者
- はじめに
今回のコラムでは,「マタハラ訴訟判決」(この呼称が適切か否かについては,後述いたします。)として大きく報道された1ヶ月ほど前の最高裁判決(最高裁平成26年10月23日第一小法廷判決)を少し詳しめにご紹介させていただきたいと思います。この訴訟では,女性労働者につき,妊娠,出産,産前休業の請求,産前産後の休業その他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として解雇その他不利益な取り扱いをしてはならない旨を定めた男女雇用機会均等法(以下「均等法」といいます。)9条3項の適用が問題となりました。
- 判決内容
(1) 判決が前提とした事実関係
本判決が前提とした事実関係は,概ね以下のとおりです。
・Y(使用者)は,医療介護事業を行う消費生活協同組合。X(労働者)は,Yとの間で,平成6年3月21日に理学療法士として期間の定めのない労働契約を締結し,「リハビリ科」に配属。リハビリ科には,当時訪問リハビリチームと病院リハビリチームがあった。
・平成16年4月16日,Xは,訪問リハビリチームから病院リハビリチームへ異動するとともに,リハビリ科の副主任となり,病院リハビリ業務の取りまとめを担当。
・第1子を妊娠したXは,平成18年2月12日,産前産後休業・育児休業を終えて復帰し,副主任として訪問リハビリ業務の取りまとめを担当。その後,訪問リハビリ業務がYの運営する訪問介護施設Aに移管され,Xもリハビリ科の副主任からAの副主任となった。
・Xは,平成20年2月,第2子を妊娠し,労基法65条3項に基づいて軽易業務への転換を求め,転換後の業務として病院リハビリ業務を希望。Yは,同年3月1日,XをAからリハビリ科に異動させた。その当時,リハビリ科にはXより3年キャリアの長い職員が主任として病院リハビリ業務の取りまとめを行っていた。
・Yは,平成20年3月中旬頃,Xに対し,3月1日付の異動の際に副主任を免ずる旨の辞令を発することを失念していたと説明し,副主任を免ずることについてXから渋々ながら了承を得た。Yは,平成20年4月2日,Xに対し,同年3月1日付でリハビリ科に異動させるとともに副主任を免ずる旨の辞令を発した(本件措置)。
・Xは,平成20年9月1日から同年12月7日まで産前産後休業,同月8日から平成21年10月11日まで育児休業を取得。
・Yは,Xから職場復帰に関する希望を聴取した上,平成21年10月12日,Xをリハビリ科からAに異動させたが,その当時,Aにおいては,Xよりも6年キャリアの短い職員が副主任として訪問リハビリ業務の取りまとめを行っていたため,Xは副主任に任ぜられず,上記職員の下で勤務することになった。Xは,上記の希望聴取の際,副主任に任ぜられないことに強く抗議し,その後本件訴訟を提起した。
・「副主任」というポストは,Yにおいては管理職として位置づけられており,管理職手当は月額9,500円と定められていた。
(2) 広島高裁の判断
広島高裁は,本件措置がXの同意を得た上でYの人事配置上の必要性に基づいてその裁量権の範囲内で行われたものであり,Xの妊娠に伴う軽易な業務への転換請求のみをもって,その裁量権の範囲を逸脱して均等法9条3項の禁止する取扱いがされたものではないから,本件措置は違法無効とは言えない,と判断しました。
(3) 最高裁の判断
ア これに対し,最高裁は,まず,以下のような判断枠組みを提示しています。
原則 女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機とする降格は,原則として均等法9条3項の禁止する取扱いに当たり,違法無効。
例外
A : 労働者が自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき
<合理的理由があるか否かを判断するに当たっての考慮要素>
[1] 労働者が軽易業務への転換及び降格により受ける有利な影響の内容や程度及び降格により受ける不利な影響の内容や程度
[2] 降格に係る事業主による説明の内容その他の経緯
[3] 労働者の意向等
→降格の前後における職務内容の実質,業務上の負担の内容や程度,労働条件の内容等を勘案し,当該労働者が降格による影響について事業主から適切な説明を受けて十分に理解した上でその諾否を決定し得たか否かという観点から評価する。
B : 降格が均等法9条3項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するとき
<特段の事情があるか否かを判断するに当たっての考慮要素>
[1] 降格させることなく軽易業務への転換をさせることに業務上の必要性から支障がある場合であることが前提。
[2] 業務上の必要性の内容や程度
→当該労働者の転換後の業務の性質や内容,転換後の職場の組織や業務態勢及び人員配置の状況,当該労働者の知識や経験等を勘案する。[3] 降格による有利又は不利な影響の内容や程度
→降格に係る経緯や当該労働者等の意向を勘案する。イ そのうえで,最高裁は,軽易業務への転換及び降格により受けた有利な影響の内容や程度が明らかでない,経緯から見て本件措置による降格は副主任への復帰を予定したものではなくXの意向に反するものであった,Yの降格に関する説明は不十分で,Xが本件措置の時点では副主任を免ぜられることを渋々受け入れたにとどまること等を根拠に,<例外A>には当たらないと判断しました。
そして,最高裁は,<例外B>における「特段の事情」の有無を判断するには,本件措置の業務上の必要性の内容や程度,本件措置によるXにおける業務上の負担の軽減の内容や程度等を基礎づける事情の有無が明らかにされる必要があるとして,これらの点について審理を尽くさせるため,広島高裁に差し戻す,という判決を下しました。
- コメント
(1) 最高裁と広島高裁の判断が分かれたポイントは,「平成20年3月中旬の本件措置に関するXの了承」をどのように評価するか,という点であると思われます。この点について,最高裁は,Yの説明内容や職場復帰後の状況を検討して,Xの了承が自由な意思に基づいたものと認めるに足りる合理的な理由がない,と判断しています。
本判決は,妊娠中の軽易業務への転換に伴う降格処分の有効性についてかなり詳細な考慮要素も含めた判断枠組みを提示していますが,本判決を前提として,使用者側が今後同様の事例において特に注意すべき点としては,以下の点が挙げられると考えます。
[1] 軽易業務への転換を伴う降格による有利又は不利な影響の内容や程度,軽易業務の期間が終了した後の処遇について事前に対象労働者に対して十分に説明すること。
[2] 降格処分の業務上の必要性(円滑な業務運営,人員の適正配置の確保等)を十分に検証し,降格が必要であるというのであれば,その点について客観的な資料に基づいて説明できるだけの裏付けを用意しておくこと。
(2) 特に中小企業では,女性労働者から本件訴訟で問題となった妊娠中の軽易業務への転換や,育児介護休業法に基づく勤務時間の短縮措置の申出等があった場合に,当該労働者の処遇をどうするか,という点が大きな問題になりえます。本判決は,これらの点について一定の指針を示すものとして,重要な意義を有するものと考えます。
なお,上記1で述べたとおり,本件訴訟は,「マタハラ訴訟」という呼称で大きく報道されましたが,本判決が前提とした事実関係を見る限り,「ハラスメント」と断定できるような事例であったかには大いに疑問が残ります。今後の差戻審では,Yにおける降格にどのような業務上の必要性があったのか等がより明らかになるものと思われます。