日本人が知らない大麻の話―アメリカでの大麻法制と合法化への道―
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皆さんは、「大麻」と聞いてどのようなことを思い浮かべるでしょうか。「危険薬物!」「有名人が使用して逮捕されたドラッグ!」といったところでしょうか。日本では、厚生労働省の検討委員会において、大麻使用罪の創設に向けた提言がなされ、大麻使用に関しては厳罰化の方向に進んでいます。他方で、世界的に見ると大麻については、合法化または非罰化が進んでいます。最近では「CBDオイル」といった商品が日本でも流通し始め、また医療用大麻への関心も寄せられているところです。なぜ世界では大麻が合法化傾向にあるのか、日本では大麻が違法とされながら、CBDオイルといった商品が流通しているのか、アメリカにおける大麻の扱い、日本における大麻の扱いを見ながら少し考えてみましょう。
1 矛盾する州法と連邦法
カリフォルニアでは、1996年に全米で初めて医療用大麻の使用を合法化しました。その後、2016年には嗜好用大麻が合法化され、広く州民が合法的に大麻を使用することができるようになりました。一方で、大麻は、連邦法上は「違法薬物」の指定を受けており、「州法上は適法、連邦法上は違法」といういびつな状態となりました。このような矛盾した状態を解消したのがオバマ政権です。オバマ政権下で司法副長官であったジェームスコールが発出したメモ(日本では「通達」といったところでしょうか。コールメモと呼ばれています)において、連邦検事に対し州の大麻合法化に対する動きを抑制したり、州法に従っている大麻使用者、販売者等を起訴しないよう求めました。つまり、連邦法上は大麻の使用や販売は違法ですが、事実上黙認する、ということが明らかにされたわけです。本来、連邦法を改正して大麻使用や販売を合法化するのが筋ですが、苦肉の策としてこのような対応が取られたのです。
2 二転三転する連邦法における大麻の扱い
このようなメモは、法律ではなく、あくまで政府の姿勢を示すものにすぎませんから、トランプ政権に移行した後、2018年にジェフセッションズ司法長官がコールメモを撤回するメモを発出し、連邦検事に大麻に関する取締法規を適正に執行するように求めました。一方、バイデン大統領は、連邦法における大麻の非犯罪化を公約に掲げましたが、この公約はまだ実現していません。同政権下のメリックガーランド司法長官は、大麻犯罪に連邦検事のリソースを割くことは非効率であると、大麻犯罪の取締りに消極的な姿勢を示していますが、未だに連邦法における大麻の扱いが確定しているわけではありません。次の大統領選で共和党の大統領が当選すれば、当然、政権の態度も変わる可能性もありますので、連邦法における大麻の取り扱いは未だに確定していないというのが現状です。
3 未だに燻ぶる大麻合法化論争
連邦政府の態度が二転三転していることからもよくわかるように、大麻がアメリカにおいても大手を振って受け入れられているわけではありません。全米でもリベラルが多い地域として知られるカリフォルニアでも2016年の嗜好用大麻合法化の住民選挙では約43%の住民が反対票を投じたのです。また、嗜好用大麻を合法化している州は、過半数を超えておらず、保守が多い州を中心に未だに反発が大きいことも確かです。
さらに、合法化している州においても、公共の場での大麻の使用は違法ですし(といっても、町中では大麻をくゆらせている人をたくさん見ますが)、大麻を吸引したうえでの自動車の運転は取り締まりの対象となります。
4 なぜアメリカは大麻合法化という方向に進んだのか
では、なぜ、このように未だに議論がある大麻が合法化される方向に進みつつあるのでしょうか。これには様々な理由がありますが、あえて大きく分けるのであれば、次の2つが挙げられます。
- アメリカの「合理化」の賜物 アメリカにおいては、合法化という流れができる前から大麻というのは手軽にアクセスできるドラッグの一つでした。1985年の世論調査では30%の人が大麻を使用した経験があると答え(2021年には49%に達しています)オバマ大統領が過去に大麻を使用したことを告白するなど、大麻は違法なドラッグでありながら、事実上、非常に身近なものだったわけです。しかしながら、1970年代にはニクソン大統領が麻薬との闘いを宣言し、1980年代にレーガン大統領の妻・ナンシーレーガンが「Just Say No(ただNoと言えば良い)」というスローガンのもとドラッグ撲滅運動を推し進め、大麻を含む違法薬物の使用者や販売者が多く検挙されることとなりました。この結果、違法薬物の使用率は低下したものの、連邦の拘置所や刑務所のキャパシティの圧迫、連邦検事のリソースが薬物犯罪に多く割かれることになりました。さらに、違法な大麻の販売により、犯罪組織に資金が流れるようになったうえ、粗悪な大麻の流通、大麻の乱用や未成年者による使用が防げないという面もありました。
そこで、大麻市場を放置せず、大麻を合法化することで積極的に大麻市場をコントロールするということが考え出されたのです。大麻を合法化すれば、税収も増えるうえ、その分、ブラックマーケットに流れるお金を減らすことができます。また、大麻に関する犯罪に割くリソースを省略でき、州としての経費を削減することができます。粗悪な大麻の利用や大麻の乱用、未成年者による使用を防ぐことで医療分野の経費も削減できるでしょう。もちろん、その決定にあたっては、このような経済的な理由だけではなく、アルコールやタバコとの有害性の比較という視点からの検討もありましたが、いかにもアメリカらしい「合理性」が合法化を加速したことは間違いないでしょう。 - 大麻犯罪検挙の裏側にある人種差別 大麻と人種差別というと一見すると全く関連性がないように思えますが、実は大麻犯罪の検挙率には人種間に有意な差があると言われています。黒人と白人の大麻所持率は大きな差がないにもかかわらず、黒人は白人に比べて、逮捕される可能性は3.73倍高いというデータがあります。つまり、アメリカにおいては、有色人種を逮捕するため、大麻が利用されていたのではないか、ということが背景としてあるのです。
特に人種差別に対する忌避感が強まったアメリカにおいて、大麻が人種差別に利用されているという事実は、大麻の合法化を後押ししたことは間違いありません。
5 世界的潮流は合法化へ・・・?
2018年にはカナダがウルグアイに続いて、嗜好用大麻を合法化しました。また歴史的に大麻犯罪に対して厳罰を科す傾向にあるアジア諸国においても変化が見られます。大麻について、極めて厳しく取り締まりを行っていたタイでは自宅栽培を許可し、その新制度を記念し、全戸に合計100万本の大麻草を配布することが発表されました。なかなか衝撃的なニュースですが、大麻合法化という世界的な潮流がアジアにも影響を与えつつあるということなのでしょう。このような世界的な流れの中、日本はどのような大麻規制をしているのでしょうか。次回のコラムでは、日本の大麻規制を見ていきましょう。
★ 大麻文化発祥の地・バークレー
私が留学したUC Berkeleyは、その名のとおり、バークレーという町にあります。実はバークレーは、アメリカの大麻文化発祥の地と言われており、ダウンタウンバークレー駅を降りたところから、大麻特有の酸っぱいにおいが漂い始めます。もともとLGBTQのコミュニティがあったバークレーでは、HIV罹患患者がその痛みを和らげるために大麻の使用をする例が多くありました。当然、その当時においては、大麻の使用は違法ではありましたが、HIVに対する有効な治療法や症状の緩和に有効な薬がなかったために、いわば医療用として大麻が使用されてきたわけです。そのため、UC Berkeleyにおいても「Marijuana Law and Policy(大麻法)」という授業があり、私もこれを受講しておりましたが、大麻に対するアメリカの学生の受け止め方の違いを目の当たりにして、カルチャーショックを受けました。