第176回 定年後再雇用に関する留意点
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- はじめに
平成25年に改正高齢者雇用安定法が施行され,原則として65歳までの継続雇用が義務化された前後から,従業員の定年を65歳まで延長するという措置をとる企業も徐々に増えてきましたが,現時点では,60歳定年を維持しつつ,60歳以降については,従業員との間で改めて有期雇用契約を締結し,当該従業員が希望する場合に65歳まで有期雇用契約を更新する制度(定年後再雇用制度)を採用している企業が一般的です。
今回のコラムでは,このような定年後再雇用制度を運用するにあたっての留意点として,(1)定年後再雇用の労働条件,(2)継続雇用の期間の2点を取り上げたいと思います。
- 定年後再雇用の労働条件について
(1) 定年に到達した従業員との間で再雇用契約を締結する場合の労働条件については,厚生労働省が公表している高年齢者雇用安定法Q&Aによれば,「高年齢者の安定した雇用を確保するという高年齢者雇用安定法の趣旨を踏まえたものであれば,最低賃金などの雇用に関するルールの範囲内で,フルタイム,パートタイムなどの労働時間,賃金,待遇などに関して,事業主と労働者の間で決めることができる」とされています。また,同Q&Aでは「事業主と従業員との間で労働条件について合意できずに継続雇用を拒否した場合に高年齢者雇用安定法違反になるか」との問いに対し,「高年齢者雇用安定法が求めているのは,継続雇用制度の導入であって,事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではなく,事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば,労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず、結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても,高年齢者雇用安定法違反となるものではない」と回答されています。
(2) このように,定年後再雇用の労働条件については,ある程度柔軟に設定されることが想定されていますが,定年後再雇用の労働条件の合理性が問題になった裁判例として,X運輸事件(奈良地判平成22年3月18日・労経速2091-23,大阪高判平成22年9月14日・労経速2091-7)があります。
この裁判例では,定年退職後に継続雇用制度(「シニア社員制度」)を利用して有期雇用契約を締結した従業員について,定年退職前後を通じて職務内容がほぼ同じであるにもかかわらず,シニア社員の賃金額が正社員の賃金額の54.6%となっていることが均等待遇の原則(労働契約法3条2項,パート労働法8条)等に反し,公序良俗違反にあたらないか,という点が問題となりました。この点につき,大阪高裁は,[1]雇用保険法に基づく高年齢者雇用継続給付金の支給額の決定方法等に鑑みると,同一企業内において再雇用後の賃金額が定年前の賃金額を下回ることは制度上織り込み済みであること,[2]我が国の現況や定年退職後の雇用状況,[3]他社の扱いをみても,9割の企業が再雇用制度を取り入れており,そのうちの44.4%の企業が定年到達時の年収の6,7割,20.4%の企業が定年到達時の年収の半分程度を予定して制度設計していること,[4]シニア社員の賃金額それ自体を取り上げても,県内の賃金レベルから見て高年齢者雇用安定法の趣旨を没却ないし潜脱するほど低額ではないこと等を指摘し,X運輸における運用が公序良俗に違反するとは言えない,と判断しています。
(3) この裁判例は平成22年の裁判例であり,平成25年4月以降,特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)の受給開始年齢が段階的に引き上げられつつある等の事情の変化もありますが,定年退職前後を通じて職務内容が同様であっても,定年前と比較して30%〜40%程度賃金が下がるというのは一般的な運用であると思われます。ただし,従前と職務内容が変わらないにもかかわらず賃金が大幅に減額されるということについては,従業員の納得が得られにくいため,他の職務を用意できるようであれば,職務内容を変更したほうが望ましいと考えられます。
実際には,従業員が必ずしも従前と同様の職務内容や労働形態を希望するとは限りません。また,上記の裁判例でも指摘があった高年齢者雇用継続給付金等の公的給付の有無も労働条件の決定に影響を与える可能性があります。したがって,できる限り早い時期(定年退職日の6ヶ月〜1年程度前が目安になると思われます。)から従業員の希望を聴取したり,会社の考え方を説明したりする機会を設け,定年後再雇用の労働条件に関する従業員のニーズと会社のニーズをすり合わせるよう努めることが,労働条件をめぐるトラブルを防ぐうえで重要であると考えられます。
- 継続雇用の期間について
(1) 上記のとおり,高年齢者雇用安定法においては,65歳までの継続雇用制度の導入が要請されていますが,特に中小企業においては,人員不足や業務引継ぎのための期間確保を理由として定年後の従業員との間で5年間を超えて(すなわち,65歳を超えても)有期雇用契約の更新を継続しているケースも見受けられます。
このような場合に問題となるのが,平成25年4月に施行された改正労働契約法18条の「有期雇用契約の無期転換ルール」との関係です。このルールは,「同一の使用者との間で,平成25年4月1日以降に開始(更新を含む)した有期労働契約が通算で5年を超えて繰り返し更新された場合に,労働者の申込みにより,無期労働契約に転換する」という内容ですが,これを上記のようなケースに適用すると,たとえば,平成25年4月以降に定年に到達し,その後5年間を超えて有期雇用契約が更新された従業員が無期雇用契約への転換を申し込んだ場合,65歳を超えた当該従業員との間で期間の定めのない雇用契約が成立する,という事態が生じかねないことになります。
(2) このような事態を防ぐためには,当然のことながら,有期雇用契約の更新期間を5年以内に限定することが考えられますが,会社側に定年後5年を超えて継続雇用するニーズがある場合には,平成27年4月1日に施行された「専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法」(平成26年法律第137号。以下「有期雇用特別措置法」といいます。)に基づく都道府県労働局長の認定を受ける,という選択肢があります。有期雇用特別措置法によれば,[1]適切な雇用管理に関する計画を作成し,都道府県労働局長の認定を受けた事業主の下で,[2]定年に達した後,引き続いて雇用される有期雇用労働者(継続雇用の高齢者)については,その事業主に定年後引き続いて雇用される期間は労働契約法18条に基づく無期転換申込権が発生しないとされています。
ここでいう「適切な雇用管理に関する計画」については,高年齢者雇用安定法に規定する高年齢者雇用確保措置(定年の引上げ,継続雇用制度の導入)のいずれかを講じるとともに,[1]高年齢者雇用推進者(高年齢者雇用安定法11条)の選任,[2]職業能力の開発及び向上のための教育訓練の実施等,[3]作業施設・方法の改善,[4]健康管理,安全衛生の配慮,[5]職域の拡大,[6]知識,経験等を活用できる配置,処遇の推進,[7]賃金体系の見直し,[8]勤務時間制度の弾力化のいずれかの措置を実施することが必要となります。これらの[1]〜[8]の措置自体は,継続雇用制度を導入した時点である程度実施されている企業も多いと考えられ,計画認定のハードルはそれほど高くありませんので,65歳を超えた従業員についても引き続き雇用を継続するニーズがある場合には,有期雇用特別措置法に基づく認定を受けることも検討に値するものと考えます。