第186回 マイナス金利導入の貸出金利への影響
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- マイナス金利導入の貸出金利への影響
平成28年1月末,日本銀行が,金融機関が日本銀行に預けている当座預金の一部にマイナス金利を導入することを決定して以降,変動金利型の金銭消費貸借契約について,計算上の貸出金利がマイナスになった場合の考え方についてご相談いただく機会が出てきております。
特に金融機関と企業の間の金銭消費貸借契約においては,「TIBOR(東京銀行間取引金利)又はLIBOR(ロンドン銀行間取引金利)に一定の金利を上乗せする」,「長期プライムレートから一定の金利を差し引く」といった変動金利の条項が定められていることが多く,金利指標であるTIBORやLIBORがマイナスになった場合や長期プライムレートが低下した場合には,計算上の貸出金利がマイナスになる可能性があります(現に,すでにLIBORの一部はマイナスになっております。)。契約上,「計算上の貸出金利がマイナスになった場合には,適用利率を0%とする」といったような貸出金利の下限を明示する条項があればこれに従うことになりますが,このような条項がない場合には,計算上の貸出金利がマイナスになった場合,貸し手が借り手に対してマイナス分の金利相当額を支払う必要が生じるのではないか,という疑問が生じます。
- 金融法委員会による考え方の公表
平成28年2月19日,上記の疑問に関連して,金融法務を専門とする学者や弁護士が構成員となり,日本銀行が事務を運営している「金融法委員会」から,「マイナス金利の導入に伴って生じる契約解釈上の問題に対する考え方の整理」という資料が公表されました。その中では,変動金利型の金銭消費貸借契約に関する上記の疑問について,以下のような考え方が示されております(以下抜粋)。
まず,検討の起点となるべき変動利息条項によれば,変動利息の支払義務を負っているのは,借入人である。すなわち,変動利息条項は,借入人が各利払日に貸付人に支払うべき金額を定める規定である。金銭消費貸借契約の全体を見ても,通常は,もっぱら借入人の利息支払義務の内容が定められている。その文脈において,基準金利の変動により,適用金利の計算結果が負の数値になったからといって,その絶対値に相当する金額を貸付人が借入人に支払う義務を変動利息条項から読み取ることは,容易ではない。実際にも,多くの場合,金銭消費貸借契約の締結当時,適用金利の計算結果が負の数値となることは契約当事者にとって想定外の事態であったと推測される。以上によれば,利息額の計算結果が負の数値になった場合(正の値にならない場合)には,むしろ,借入人が変動利息条項に基づいて支払義務を負う金額が存しないに留まると解することに合理性が認められる。 また,変動利息条項の文言解釈を別にしても,金銭消費貸借における利息は,一般に元本利用の対価と考えられるから,その性質上,借入人が貸付人に支払うべきものであり,貸付人が支払うべきものとは解されない。したがって,(本来の利息とは性格の異なる)利息相当額の金銭を貸付人が借入人に支払うべき旨の合意を認定すべき特段の事情がない限り,貸付人の支払義務は発生しないと考えられる。この点からも,金銭消費貸借においては,適用金利の計算結果が負の数値になった場合には,単に利息としての性格を有する金額がなくなるに留まると解することに合理性が認められる。
金融法委員会の上記の考え方は,「金銭消費貸借契約」という契約の性質そのものから導き出された解釈であり,「お金の貸し借りにおいて,貸し手が借り手に利息分を支払うことになるのはどうもおかしい」という素朴な感覚にも合致するものと考えます。あくまで自主的な団体による解釈ですので,法的な拘束力があるわけではありませんが,同委員会の構成員を見ても,仮にこの論点が裁判で争われた場合(借り手が貸し手にマイナスの金利相当額を請求した場合)には,裁判所が事実上解釈指針として依拠する可能性は十分にあると思われます。
なお,上記の金融法委員会の資料では,他にも,金銭消費貸借において例外的に利息相当額の金銭を貸し手が借り手に支払うべき旨の合意を認定すべき場合が例示されていたり,デリバティブ取引や預金金利に関する考え方も整理されておりますので,ぜひ一度ご参照いただければと思います。