サステナブルファッション実現に向けた有効な手段は何か
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1 はじめに
現在、サステナブルファッションの実現に向けて何らかの活動をしなければならないという意識自体は、世界中の各企業が持っていると思いますが、実際にどのような手段によって実現すればよいのかについては、各政府、各企業が探求している状況といえます。
本コラムでは、サステナブルファッション実現のために有効な手段は何かについて、検討していきたいと思います。
サステナブルファッション実現の手段としては、①消費者や投資家からのプレッシャー、②ソフトロー、③他企業との協調、④認証制度、⑤ハードローの5つが考えられます。
2 消費者や投資家からのプレッシャー
まず、消費者や投資家からのプレッシャーという要素が挙げられます。これは何か明確なルールを決めるものではありませんが、消費者や投資家の外圧によって、企業を動機づけるというものです。昨今のサステナビリティの潮流を受けて、企業としては、ファイナンスの観点からも、経営戦略として、サステナビリティ実現の努力をせざるを得ない状況といえます。
つまり、現在は、消費者自身の意識が変わり、消費者は、人や社会・環境に配慮した商品を求め、選択していく時代です。たとえば、日本の消費者庁では、2015年5月から2年間にわたり「倫理的消費」調査研究会を開催し、エシカル消費の普及に向けて幅広い調査や議論を行い、普及・啓発の取組を実施しています。
また、世界全体でみると、ESG投資(環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行う投資)の額は、2500兆円を超えており、実に、日本の1年間の国家予算の25倍もの額が、持続可能な世界や社会に貢献する企業に投資されています。
社会や環境に配慮していない企業は、消費者だけでなく、投資家からも評価を下げ、かかるESG投資のチャンスを失うと考えられます。
3 ソフトロー
次に、各政府がサステナビリティに関するガイドラインを策定したり、各企業がサステナビリティに関する社内規定やエシックコードを策定するという手段です。
たとえば、日本でも、ファッション業界に限ったものではありませんが、人権尊重の取組として、2022年9月に、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が成立しました。
このガイドラインは、法的拘束力を有するものではありませんが、企業の規模、業種等にかかわらず、日本で事業活動を行う全ての企業(個人事業主を含む。)は、本ガイドラインに則り、国内外における自社・グループ会社、サプライヤー等の人権尊重の取組に最大限努めるべきである旨規定されています。企業は、その人権尊重責任を果たすため、① 人権方針の策定、②人権デュ―・デリジェンスの実施、③自社が人権への負の影響を引き起こし、または助長している場合における救済が求められています。
また、日本では、サステナビリティに関連する条項も含むと想定されるファッションロー全体のガイドラインについても、2023年に完成見込みです。
そして、現在、中小規模の企業も含めた世界の各ファッション企業においては、社内規定等のソフトロー作成の段階にある企業が一般的なのではないかと考えられます。
4 他企業との協調
続いて、協定など、他企業と協力しながら、共通目的を実現していくという動きが挙げられます。
2018 年 12 月の COP24(ポーランド)の場で発表された国連気候変動枠組条約 (UNFCCC)事務局による「ファッション業界気候行動憲章」(FASHION INDUSTRY CHARTER FOR CLIMATE ACTION)の策定は、その第一歩となりました。パリ協定を踏まえ、2030 年までに直接排出量(スコープ 1)、間接排出量(スコープ 2)、およびその他(スコープ 3) まで含めた温室効果ガス(GHG)排出量 を、2015 年以後をベースラインとして総計 30%削減することを約束すること等が目標として掲げられました。署名団体にKering、LVMHといった巨大ファッション企業が含まれており、参加企業数においても、2022年末の時点において、120 以上の大規模になっています。
さらに 2019 年 8 月、Biarritz(フランス)で開催された先進国首脳会議(G7)の場でKeringによって発表された「ファッション協定」(THE FASHION PACT)も注目に値します。この協定は、企業が連携して、①気候変動(Climate)、②生物多様性(Biodiversity)、③海洋保護(Oceans)という3領域での共通目標への取り組みを誓約するもので、現時点で、署名企業数は、合計 70以上に及んでいます。
これらの「ファッション業界気候行動憲章」や「ファッション協定」には、世界企業が多く参加している一方、日本企業の参加はわずかです。日本企業としては、「ファッション業界気候行動憲章」には、アシックス、ファーストリテイリング、YKKの3 社、「ファッション協定」にはアシックスの1社が参加するのみという状況です。
もっとも、最近、ようやく日本国内でも動きがみられるようになり、2021 年 8 月 にはジャパンサステナブルファッションアライアンス(JSFA)が発足しました。
このアライアンスは、ファッション産業が自然環境や社会に与える影響を把握し、ファッションおよび繊維業界の共通課題について共同で解決策を導き出し、「適量生産・適量購入・循環利用による ファッションロスゼロ」と「2050年カーボンニュートラル」を目標に掲げています。繊維メーカー、商社、ファッション小売、リサイクル事業者といった多様な業種からの企業が正会員となっている点で、独特のアライアンスであるといえ、今後のさらなる発展が期待されています。
5 認証制度
次に、社会や環境に配慮した公益性の高い優良企業の証として、認証を取得するという動きがあります。
たとえば、米国の非営利団体のB Labが運営しているB Corpは、商品を評価するものではなく、企業のあり方自体を評価する認証制度であり、社会や環境に配慮した事業を行い、透明性や説明責任等に関する厳しい基準をクリアした企業に与えられます。世界ではすでに83カ国150以上の産業で5000以上の企業がB Corp認証を取得しています。2022年には、B Corp認証を受けたビューティー関連企業が連合して、「B Corp Beauty Coalition」を結成するなど新たな動きもありました。
また、米国では、企業形態の一つとして、パブリック・ベネフィット・コーポレーションという法人格が存在します。この法人格は、経済的利益だけでなく、社会や環境など公共の利益を生み出す企業に適用される法人格です。株式会社においては、利益を追求することが優先されますが、ベネフィット・コーポレーションは、環境やコミュニティ、社員など、幅広いステークホルダーに対してバランスの取れた経営判断を行います。法律の詳細は、州によって異なりますが、2010年のメリーランド州での法制化を皮切りに、2022年現在で30州以上に広がっています。このような企業形態の制度も、認証制度の一種といえます。
また、商品を評価する認証制度として、国際フェアトレード認証等が存在します。国際フェアトレード認証ラベルは、その原料が生産されてから、輸出入、加工、製造工程を経て「国際フェアトレード認証製品」として完成品となるまでの各工程で、Fairtrade Internationalが定めた国際フェアトレード基準が守られていることを証明するラベルです。
6 ハードロー(法制化)
最後に、サステナビリティについて、法律として、法制化することが考えられます。
たとえば、現在ニューヨーク州で立案されているFashion actは、ニューヨーク州でビジネスを行い、一定の売上高(年間売上高1億ドル以上)のあるファッション小売業者やメーカーに対し、サプライチェーンのマッピング、温室効果ガス・水・化学物質の排出量・使用量の開示、デューデリジェンス方針の開示等を義務付け、これらに違反した企業に対して、罰則(罰金)を科すというものです。
このFashion actは、サステナビリティの法制化の第一歩になるのではないかと期待されています。(https://www.thefashionact.org/)
7 検討
現在の現実的な流れとしては、その規模を問わず各ファッション企業とも、企業として存続していくためには、消費者や投資家からのプレッシャーも受け、サステナビリティに関する活動を実施せざるを得ないと思われますが、何かゴールやルールが設定されないと目標達成はできません。
そこで、一般的に、各政府や大企業の例にならって、現在、各企業がソフトローを策定している段階にあるといえます。
そして、より意識の高い企業においては、他の企業と協調して協定に加盟したり、認証を取得することによって、消費者や投資家からの評価の向上を受け、その企業価値を高めています。
もっとも、ソフトローも、企業に対する強制力はありませんし、また、企業には、協定に加盟したり、認証を取得する義務まではありません。
そうすると、考え方によっては、ソフトロー、協定、認証などは無視し、安価な商品を莫大な数売るという従来型のファストファッションの戦略の方が成功すると考える企業が現在でも未だ存在するかもしれません。特に、若い世代では、十分な服を買う金銭的余裕もないといった事情もあり、まだそのようなファストファッションビジネスに価値を見出すかもしれません。そのときに、最後の歯止めを効かせるのが、ハードローの存在と考えられます。
そうすると、ハードロー策定の必要性を考慮するにあたっては、現在の世界の潮流の中で、上記のような従来型のファストファッションの考えをもつ企業等の数が、これからどれほど登場してくるのかは重要なファクターになると考えられます。
現在は、サステナブルファッション実現に向けた過渡期であって、目標達成度に合わせて試行錯誤を続けていくしかない段階と思われます。前述の5個の手段・ファクターをうまく組み合わせつつ、各政府、各企業、各専門家、消費者、投資家等が連携しながら、理想のサステナビリティファッション実現の手段を見出していくべきであると考えられます。