日本人が知っておくべき危険ドラッグの話
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私が中学の時、同級生の間で、謎の自販機が話題になりました。噂によると、その自販機には怪しいキノコの絵が描いてあり、「合法!観賞用!」と書かれた謎のキノコが購入できると・・・当時は、「危険ドラッグ」という言葉もない時代でしたが、そのアウトローな響きにビビりながらも、思春期特有の怖いもの見たさでとても興味を掻き立てられた記憶があります。当時は、知る由もありませんでしたが、これは「マジックマッシュルーム」と呼ばれるもので、2002年に麻薬及び向精神薬取締法の麻薬原料植物に指定されています。
2023年3月20日、THCOとHHCOを含む7成分が新たに医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)の指定薬物に指定されました。SNSで指定薬物のワードを検索すると「××駅 THCO あります」といった投稿がたくさん出てきます。皆さんが思っている以上に、危険ドラッグは我々の身近にあるのです。
今回は、たびたびニュースで出てくる「危険ドラッグ」について、お話ししましょう。
1 危険ドラッグ=麻薬?大麻?
日本には、薬物5法という主要な薬物を取り締まる5つの法律があります。覚醒剤は覚せい剤取締法、大麻は大麻取締法、あへんはあへん法、麻薬(コカイン・MDMA等合成麻薬・LSD等)は麻薬及び向精神薬取締法、シンナーは毒物及び劇物取締法によって規制されることになります。しかし危険ドラッグは、このいずれのカテゴリーにも当てはまりません。つまり危険ドラッグは、大麻でも麻薬でもありません。法律上は、「危険ドラッグ」という言葉はなく、厚労省と警察庁がその危険性を国民に周知するための通称として採用したものです。危険ドラッグというのは、薬物5法で取り締まられる薬物や薬機法上の指定薬物(後ほど詳しく話します)そのものではないものの、化学構造を似せて作られ、これらと同じような薬理作用を有するものを指します。
2 危険ドラッグ=いたちごっこが生んだ産物
日本の刑法の基本概念に罪刑法定主義、というものがあります。ある行為を犯罪として処罰するには、法律で犯罪とされる行為や刑罰を決めておかなければならないという大原則です。そのため、法律で「Aという薬物を所持していたら処罰します」と定めているときにAという薬物の化学構造を変化させたA+という薬物を所持している場合には、罪刑法定主義の観点から、その所持者を処罰できないことになります。このように法の網の目をかいくぐるために作られたのが危険ドラッグです。違法なドラッグに似た作用を持ちながら化学構造を変異させることで法律の規制を回避しようとしたわけです。このような危険ドラッグで利益を得ようとする反社組織などが規制を受けるたびに新たな危険ドラッグを開発し、そのたびに行政が規制をし・・・といういたちごっこが今でも続いているのです。
3 危険ドラッグに対する法規制
危険ドラッグは、法律上の概念ではない、という話をしました。では、このようなドラッグが規制されずに放置されているのでしょうか。
通常、立法府が法律によって規制すべき事実を認識した場合、国会での承認が必要となります。1つの法律が成立するまでに数年かかることや政権交代により廃案になることなどざらにあることです。危険ドラッグの存在を認知しているにもかかわらず、それを放置すれば、健康被害やドラッグに起因する犯罪を食い止めることができません。そこで、危険ドラッグについては、薬機法の「指定薬物」として規制し、製造・販売、使用を速やかに禁止する、という方法で早急に流通を止めることになっています。指定薬物については、厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聞いて指定することができますから、国会での承認は必要ありません。またパブリックコメント(法律などを定める前に一般市民の意見を聞く手続)も省略できるため、迅速に対応することができるというわけです。さらに緊急指定という制度も用意され、より迅速な対応が求められる場合には薬事・食品衛生審議会の意見聴取すらも省略することが可能です。
実際、今回新たに指定薬物に指定されたTHCOについて、2月13日にアメリカの麻薬取締局(DEA)が違法な規制物質であるとの見解を示した後、3月9日に行われた薬事・食品衛生審議会で指定薬物として指定され、同月20日に施行、と日本でもその危険性に対して非常に迅速に対応されたことが分かります。
4 指定薬物所持に対する刑罰
薬物の単純所持に対する刑罰の軽重は、その薬物の危険性・有害性等に鑑み、決められています。特に危険性や依存性の高いヘロインや覚せい剤については、10年以下の懲役、大麻については、5年以下の懲役となっています。
では、指定薬物については、どうなっているかというと、薬機法では3年以下の懲役または300万円以下の罰金(または併科)となっています。
5 刑罰が軽い=安全ではない!
「ヘロイン、覚せい剤や大麻に比べて懲役刑が短いということは、指定薬物(もともと危険ドラッグとして流通していた物質)は危険性が低いということなんじゃないの?」と思う方もいるかもしれませんが、そうではありません。薬物5法で規制されている薬物の多くは、もともと医薬品として開発されたものです。例えば、覚せい剤については、「ヒロポン」という商標で医薬品として広く流通していました。そのため、その危険性や人間の精神への作用、使用量と効果の関係等が臨床データとして存在します。一方で、危険ドラッグは、法規制をかいくぐるために無理やり化合された物質です。そもそも危険ドラッグは、「法律で規制されている化学構造と違うものを作るため」に生み出されたものですから、売人側からすれば、どれだけの有害性があるのか、使った人間にどんな影響が出るのかといったことは全く興味もありません。迅速に流通を止めるために薬機法での危険薬物の指定という手段を取っていますが、それは「ヘロイン、覚せい剤や大麻に比べて安全」だからではなく、指定した時点ではどれだけ危険なのかよくわからないから、ということです。実際、指定薬物が後に麻薬等として指定されることもあり、流通している危険ドラッグの中には、実はヘロインや覚せい剤を超える依存性や危険性があるものも含まれているかもしれないのです。
6 危険ドラッグは“危険な”ドラッグ!
「でも結局危険ドラッグって指定薬物にならない限りは、法律上は違法じゃないんでしょう?」と考える人もいるでしょう。しかし、そのような考えは危険です。既に述べてきた通り、そもそも危険ドラッグは、何ら安全性や人体への影響なども検証されていませんし、実際に死亡例や健康被害なども報告されています。また、流通している危険ドラッグは、必ず規制の対象になりますし、その規制はスピーディに行われます。買った当時、規制対象ではなかったとしても、気が付いた時には規制されていた、ということも十分にあり得ます。さらに、そもそも「合法です!」等の謳い文句で購入したとしても、実際には違法な成分が含まれている可能性は十分にあり得ます。危険ドラッグの売人は、品質の保証などしてくれません。
危険ドラッグが、文字通り“危険な”ドラッグであることは肝に銘じておいた方が良いでしょう。