第206回 限定承認の実務(3) 〜どのように換価手続をするか〜
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第202回コラムでは,具体的にどのように限定承認手続を進めるかについてお話をしました。今回のコラムでは,限定承認手続の肝である換価手続について,解説していきたいと思います。
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限定承認手続における換価方法
限定承認手続においては,財産の換価手続は「競売に付さなければならない」と定められています(民法932条)。これは,限定承認手続における弁済の責任の範囲が相続財産の価値に限定されているため,債権者の立場からすると,相続財産を適正な価格で換価してもらえなければ,配当原資が減るリスクがあることから,「競売」という恣意性が入り込む可能性のない手続を取ることが求められるためです。競売手続については,財産の種類に関係なく,全ての相続財産が付されることになります。
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任意売却での処理
(1) 察しの良い方であれば,次のように考えるのではないでしょうか。「競売だと手続自体が大変だし,市場価格よりどうしても低額になってしまう。それならば,任意で購入してくれる人を探して,その人に売ってしまえば良いのではないか?」
(2) おっしゃる通り,競売手続ですと,裁判所を通じた手続になりますので,非常に煩雑ですし,市場価格よりも低額になるのが通常です。それならば,相続人で任意売却先を探して売ってしまえば,競売なんていう重い手続を取らなくても良いし,競売よりも高額で売れ,むしろ債権者にとっても良い話のように思えます。
(3) しかしながら,民法においては,任意売却での換価手続を認める規定は存在しません。民法が認めている換価手続は,競売と後に述べる先買権の行使の2つだけです。少なくとも現行法において,競売や先買権を行使せずに任意売却を行ってしまうと「相続財産の全部又は一部を処分した」(民法921条)ものとして単純承認として扱われる,すなわち責任財産の範囲を相続財産だけでなく,相続人の固有財産まで広げられる恐れがあります。これでは,「相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して,相続の承認をする」という限定承認の最大のメリットが受けられなくなります。このようなリスクを考えますと,限定承認手続においては,任意売却は避けるべき,ということになります。
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先買権とは?
本来,限定承認手続における換価方法は,競売しか認められていませんが,全ての財産を競売に付すことになると,例えば生家や事業用の財産のように相続人において利用の継続が必要不可欠な財産,一定の愛着を有する財産を相続人が確実に取得できないおそれがあります。そこで,民法932条但書において,相続人が家庭裁判所の選任した鑑定人の評価に従いその鑑定価格以上の金銭を支払い,相続財産を取得するという競売の例外を認めました。このような相続人が有する権利を「先買権」といいます。先買権を行使した相続人は,家庭裁判所が選任した鑑定人の評価相当額を相続財産(相続財産の管理口座)に支払うことにより,対象財産の権利を取得することができます。
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先買権を利用した任意売却
先ほど限定承認手続において任意売却は避けるべき,という話をしました。しかしながら,実は先買権を利用すれば,実質的に任意売却をすることは可能です。すなわち,任意売却先が見つかった場合,一旦は,先買権の行使により相続人が対象財産の権利を取得し,その相続人から任意売却先に売却するという方法です。「相続財産→任意売却先」ですと,単純承認のリスクがありますが,「相続財産−(先買権)→相続人→任意売却先」であれば,相続人が先買権という正当な権利を行使して,対象財産の完全な権利を取得して売却しているので,単純承認のリスクはない,ということになります。
もちろん,不動産であれば,登記費用等が余分にかかるということになりますが,現行法において確実に単純承認のリスクを避けるのであれば,先買権を利用した任意売却を行うのが安全,ということになります。
このように限定承認手続における相続財産の換価手続は,非常に硬直的で,競売という裁判所を通した手続又は先買権の行使という鑑定人の選任や先買権の行使に伴う登記手続や税金の支払等,複雑な処理が必要となってきます。一歩間違えると,単純承認とみなされる恐れがある部分ですから,慎重に対応することが必要です。