最新ニュースから学ぶ米国の法制度①(州法と連邦法の違い)-水原一平さん違法賭博問題-
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衝撃のニュースが飛び込んできました。大谷翔平選手の通訳だった水原一平さんが違法なブックメーカーへの関与疑惑でドジャースを解雇されたのです。私がカリフォルニア州の都市であるバークレーに留学していた際に、地元オークランドでエンジェルスの試合が開催されるときには、アスレチックスの緑色のユニフォームを脱ぎ捨て、赤色のユニフォームに身を包み、スタジアムに行っていました。アウェイであるにもかかわらずアスレチックスのスタンドからも大谷選手、水原さんへの声援が聞こえており、大谷選手は言うまでもありませんが、水原さんもまた一通訳を超えた人気を集めていました。このようなネガティブな報道が出る事態になったことは本当に残念でなりません。
このニュースを受けて、メディアから取材をいただきお答えしてきましたが、自分でも消化不良なままお話した点、また短い時間で本件の問題点を整理して伝える難しさを痛感し、改めて本コラムできちんと整理しようと思い、今回、筆を執りました。
特にこのケースでは、州法と連邦法が絡んでおり、また単なる大谷選手と水原さんという二人だけの問題ではない、という点が混乱を招いているポイントだと考えています。今回は、4回に分けて、ⅰアメリカにおける州と連邦の仕組みの違い(本コラム)、ⅱアメリカにおける刑法の仕組み(最新のニュースから学ぶ米国の法制度②、最新のニュースから学ぶ米国の法制度③)、ⅲアメリカにおける賭博の実情(近日中公開予定)をできる限り皆様にも分かりやすいように解説したいと思います。
1 「違法賭博」という言葉が混乱を招いている
まず今回の報道で必ず見出しとして使われているのが「違法賭博」という言葉です。そして、報道の中で言及されるのが「カリフォルニア州では、賭博は違法として禁止されている」ということです。いずれも正しい記述なのですが、「違法賭博」という言葉がはっきりと定義されずに使われているように思います。米国法において「違法」という言葉には、「連邦法上違法である」ということと「カリフォルニア州法上違法である」という2つの意味を含むことがあるのです。
2 連邦法と州法は全く違う!
日本人の感覚からするとアメリカの「州」というのは都道府県、というイメージかもしれませんが、実際には「国」に近いものです(まさに連“邦”なのです)。州は独自に憲法を制定していますし、法律や警察組織も持っています。一方で連邦は、州にまたがる問題や外交上の問題について、対応する権限を持っており、連邦独自の法律、警察組織を持っています。ですから、州の捜査機関と連邦の捜査機関(FBIでおなじみですね)は全く別組織なのです。それぞれの役割をとても簡単にまとめると、州の捜査機関は州内で起きた州法違反についての捜査を、連邦の捜査機関は州をまたがるような連邦法に反する大規模犯罪の捜査を担っていることになります。
そして、今回の問題は、「連邦捜査機関」による違法賭博のブックメーカーであるマシュー・ボウヤー氏への家宅捜索で大谷選手名義の口座からボウヤー氏へ多額の金銭が送金されていたことで発覚したものです。州法に反したり、許可を得ずに行われる違法な賭博事業の運営は「連邦法」によって禁止されており、ボウヤー氏はこの「連邦法」違反によって、FBIの捜査を受けています。つまり、米国で報道されているillegal gambling(違法賭博)というのは、「連邦法に反する違法な賭博」という意味なのです。
今回の報道の記事を読むと「水原氏、違法賭博への関与の疑いでドジャース解雇」の見出しとともに、本文で「カリフォルニア州では、賭博は違法として禁止されている」ということが書かれています。これを読むと「なるほど、水原さんはカリフォルニア州で禁止されている賭博をしたから解雇されたんだな」と思うのが普通だと思いますが、ここに混乱があります。水原さんがドジャースを解雇されたのは、大谷選手の口座から金銭を横領又は盗んだ疑惑に加え、連邦法に違反しているとの疑いで捜査を受けている違法なブックメーカーで賭博を行ったことがMLB規約に反するからだと考えられます。ここでいう「違法な」ブックメーカーというのは、カリフォルニア州法に反する、という意味ではなく、連邦法に反する、という意味です。
3 カリフォルニア州の違法賭博罪は軽犯罪
なぜ、連邦法と州法の違いを押さえるのが重要かといいますと、今回の問題の焦点が大きく変わってくるからです。まず、カリフォルニア州における違法賭博罪は軽犯罪です。弁護士が「この犯罪は軽微なんですよ」というのは適切ではないと思われるかもしれませんが、カリフォルニア州では定義上「軽犯罪」に分類されています。この点は次回のコラムで詳しくお話します。誤解を恐れずに言うと「違法賭博罪」というのは、深刻な犯罪ではありません。一方で、FBIが立件しようとしているボウヤー氏の違法賭博事業の運営に関する罪は、マネーロンダリングや脱税もセットで問題になりえますし、巨大な違法組織の存在が透けて見えるような「極めて大きな事件」です。つまり今回の事件の「爆心地」はボウヤー氏であり、水原さんが個人的に州で禁止されている賭博を行った、というような話ではないものと考えられるのです。ここを見誤ると問題の大きさも見誤ってしまうことになります。
4 水原さんは解雇当時、捜査対象ではなかった
最新の報道では水原さんがIRS(アメリカの国税庁に相当する組織)による捜査の対象となっているようですが、水原さんがドジャースを解雇された当時、捜査機関による捜査対象となっていたわけではありません。あくまで「ボウヤー氏の顧客」として、ボウヤー氏をめぐる捜査の過程で参考人となったに過ぎません。しかし、大谷選手サイドが水原氏による窃盗・横領被害を申告したこと、またMLB規約違反に該当する賭博行為が疑われたことから、ドジャースが早急に手を打ったということなのでしょう。なお、報道によると、水原さんは「違法賭博とは知らなかった」ということですが、MLB規約との関係などからすると、これは「カリフォルニア州で賭博が違法とは知らなかった」という意味ではなく、「ボウヤー氏が主催していた賭博が違法とは知らなかった」という意味ではないかと思われます。
5 押さえておきたいポイントは・・・
どうしても私を含む大谷選手ファンは、「大谷選手と水原さん」という中心軸でこの問題を見てしまいます。しかしながら、今回の問題の中心人物はボウヤー氏であり、それを取り囲む人物の中に大谷選手と水原さんがいる、という風に見ると今回のニュースがより分かりやすくなるのではないかと思います。
以上