最新ニュースから学ぶ米国の法制度②(水原さんの責任について考える)-水原一平さん違法賭博問題-
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前回のコラムに引き続き、水原一平さんの違法賭博問題について取り上げます。前回のコラムでは、違法賭博という用語が「連邦法での違法」と「カリフォルニア州での違法」という2つの意味を含んでおり、本件は「連邦法での違法」が大きな焦点である、ということを書きました。
今回のコラムでは、米国における刑法の仕組みを踏まえ、水原さんについてどのような点が法的に問題になりうるか、ということを取り上げたいと思います。なお、ここで検討している内容は、本稿を書いている2024年3月23日時点での事実関係をもとにしていること、また、事実関係に不確定な部分が多い(仮定の事実も多い)ことを前提にお読みいただければと思います。また、併せて、日本はもちろんのこと、米国においても、有罪の判決が確定するまでは無罪が推定されるという点は、是非とも心に留めていただきたいと思います。
1 米国では犯罪の類型は二つある
米国では科される罪の重さによって、犯罪類型を2つに分けることができます。死刑または1年を超える禁固刑によって処罰される犯罪を“Felony”(重犯罪)、罰金及び/又は1年以下の禁固刑によって処罰される犯罪を“Misdemeanor”(軽犯罪)といいます。さらに検察の権限でFelonyにもMisdemeanorにもなりうるハイブリット型の犯罪類型として“Wobbler”(ふらふらしている人、という意味。不確定犯罪、とでもいうのでしょうか)があります。ですから、その犯罪行為がFelonyかMisdemeanorかによって、最終的な処罰の程度が全く違う、ということになります。ちなみにカリフォルニア州では「法律改正により万引きが無罪になった!」という虚偽のニュースがネット上で流れましたが、これは、犯罪の類型上、Wobblerであった万引きについて、FelonyとMisdemeanorの線引きとなる被害額が400ドルから950ドルに引き上げられただけであり、万引きが無罪になったという事実はありません。
2 ここでも大事!連邦法と州法
さすがにしつこいと思われそうですが、ここでも連邦法と州法の違いを意識することが大事です。連邦法違反と州法違反で捜査機関が違う、という話をしましたが、捜査機関にとどまらず罪を裁く裁判所も異なります。例えばサンフランシスコでは、連邦事件を取り扱うカリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所と州法事件を扱うサンフランシスコ郡カリフォルニア州上級裁判所という2つの裁判所があります。詳細な説明は省きますが、イメージとしては州内で起きた事件は基本的に州法により、州をまたぐような事件については、連邦法により裁かれることになります。連邦法で裁かれる案件は、州をまたいで行われる組織的犯罪など、大規模な案件が多い傾向にあります。余談ですが、連邦裁判官と州裁判官では待遇が異なり、連邦裁判官は大統領により指名され、その任期は罷免などがなされない限り、終身です。一方で(州などにより異なりますが)州裁判官は、数年おきに選挙によって選任されます。ですから、選挙シーズンになると町中で「〇〇裁判官に清き一票を!」と書いたサインボードを見ることができます。日本では考えられない光景で、とても印象に残っています。
3 水原さんの刑事責任
水原さんの刑事責任の有無やその内容については、①賭博への参加の有無、②大谷選手の金銭を無断で送金したか否か、③ボウヤー氏が運営する違法なブックメーカーへの関与の有無、の3点に分けて考える必要があります。
- 賭博への参加の有無現在、オンラインでどこからでも簡単に賭博をすることができますから、水原さんがどの州で賭博行為を行っていたかというは実際のところは分かりません。ですから、ここの検討は「仮に水原さんがカリフォルニア州のように賭博が違法の州で賭博行為をしていたら」という前提でのお話です。既に報道されているとおり、カリフォルニア州では基本的に賭博は禁止されており、賭博行為を行うことはカリフォルニア州法に違反します。違法賭博(参加)罪は、“Misdemeanor”(軽犯罪)に該当し、6カ月以下の禁固刑、100ドル以上1000ドル以下の罰金(禁固刑と罰金の併科も可能)を科される可能性があります。なお、報道にある水原さんの「違法賭博とは知らなかった」という発言が「ボウヤー氏が主催していた賭博が違法とは知らなかった」という意味ではないかということは、前回のコラムで書きましたが、水原さんのカリフォルニア州で賭博が違法であることを知らなかったとしても「法の不知はこれを許さず」(法律を知らないことを理由に罪は免れない)という原則から、これだけを理由に刑事責任を免れることは難しいと思われます。
- 大谷選手の金銭を無断で送金したか否か現時点で大谷選手側は、水原さんが大谷選手の口座に何らかの形でアクセスし、「大規模な盗罪(Massive Theft)」を行ったとしています。Theftというのは、「窃盗」と訳されることも多いですが、広く窃盗、横領や詐欺を含む他人の財物を侵害する「盗罪」を意味する言葉でもあります(今回の文脈ではこの「盗罪」の意味で使われているのではないかと推察します)。さて、この主張を前提に水原さんにどのような罪が成立するか考えてみましょう。現時点で報道されている事実を基礎とすれば、窃盗罪、横領罪、通信詐欺罪の3パターンがあり得ると思います。
- 窃盗罪
窃盗罪は、他人の物をその占有者から奪取する行為です。後述の横領罪との違いは、「もともと管理権限が与えられていたか否か」です。管理権限を与えられていなかった場合に、水原さんが何らかの方法で大谷選手の銀行口座にアクセスし、お金を引き出した場合、窃盗罪に該当する可能性があります。カリフォルニア州法における窃盗罪は、Wobblerであり、軽犯罪、重犯罪どちらにもなり得ますが、その区分は被害額が950ドルを超えるかどうかです。仮に、本件が窃盗罪に該当するということであれば、基本的に被害額は950ドルを超えるでしょうから、重犯罪として裁かれることになり、その刑罰は3年以下の禁固刑及び/又は1万ドル以下の罰金です。余談ですが、「牛、ヤギ、馬、羊、又は豚の死体、若しくはロバ」を盗んだ場合は、5000ドル以下の罰金という西部開拓時代を思わせる条文が残っています。牛や豚は「死体の窃盗」になっていますが、「ロバ」は生体が対象物となっています。西部開拓時代にロバに荷物を運ばせていた光景が目に浮かび、またロバは食用ではないことから「死体」の窃盗じゃないのだなと考えると面白いですね。 - 横領罪
横領罪は、他人の物を適法に管理する権限を与えられている者が自己または第三者の利益を図る意図をもって領得する行為です。仮に大谷選手が水原さんに銀行口座の管理を任せており、大谷選手が許可した支払いなどを行っていた場合に、水原さんが無断で自分のために送金を行えば、横領罪に該当する可能性があります。窃盗罪と同じく、カリフォルニア州法では、被害額が950ドルを超える場合には、重犯罪として裁かれ、その刑罰は3年以下の禁固刑及び/又は1万ドル以下の罰金です。なお、“the pattern of related felony“という横領罪の加重類型があり、さらに5年、つまり8年以下の禁固刑が科される可能性もありますが、細かい要件は省略します(California Code, Penal Code – PEN § 186.11)。 - 通信詐欺罪
日本には存在しない類型の詐欺罪で、通信詐欺罪“Wire Fraud”というものがあります。これは、かなり簡略して説明すると、詐欺によって他人の財産を奪おうとする者がその計画を実行するために州をまたぐ形で電子通信を利用する行為です。この犯罪類型は、「州をまたいで」行われるため、連邦法によって裁かれることになります。州をまたいで行われるオレオレ詐欺のようなものが典型例です。この犯罪類型は、比較的立証が容易であり、検察官にとって使い勝手がよいためか、摘発例も多い類型となります。
あくまでも仮の話として想定されるのは、水原さんが大谷選手にメールや電話でお金の無心をして(例えば、新しいビジネスをするからお金を貸してほしいと頼む)、騙してお金を送金させた場合です。このメールや電話が州をまたいで行われた場合にはもちろんですが、その後、おかしいことに気が付いた大谷選手からの問い合わせに虚偽の説明を行い、その通信が州をまたいで行われた場合も含まれます。連邦法により、20年以下の禁固刑及び/又は25万ドル以下の罰金という極めて重い罰則が定められています。 - その他の犯罪
その他にも、例えば大谷選手の小切手帳を使ってサインを偽造し、送金させた場合には、小切手偽造の罪に該当することなども考えられます。
- 窃盗罪
- ボウヤー氏が運営する違法なブックメーカーへの関与の有無この点については、非常に重要で、今回の一連の疑惑の中心になる話だと思われます。もし、水原さんが、ボウヤー氏が運営する違法賭博に関与していたと認められれば、州法よりも厳しい連邦法で裁かれる可能性が高くなります。
- 脱税の可能性
報道によると、IRS(アメリカの国税庁に相当する組織)が水原さんとボウヤー氏を捜査対象としていることを認めたとのことです。IRSは米国内のお金の流れを捕捉し、税金を管理する組織ですから、金銭の流れや税に関する脱法行為があったかどうかを調査している可能性を考えることができます。まず、皆さんに知っていただきたいのは、通常、ボウヤー氏が取り仕切っていたような違法賭博において、脱税とマネーロンダリングはセットになっています。IRSの捜査官は、詳細を明かしていませんが、「水原さんとボウヤー氏」の両名が捜査対象となっている、という言い回しからすると、彼らが単なる賭博のブックメーカーと顧客という関係を越えているというような、より悪いシナリオも想像されないわけではありません。
水原さんが捜査対象となっているのは、ボウヤー氏の営む違法賭博事業に関連していると推察されます。水原さんがボウヤー氏の営む違法賭博事業などで得た利益を申告していないという、いわゆる通常の脱税という可能性もありますが、ボウヤー氏の違法賭博事業の収益がIRSに捕捉されないように所得隠しに協力していた、という可能性も排除できません。故意の脱税ということになると、連邦法により、5年以下の禁固刑及び/又は10万ドル以下の罰金という罰則が定められています。 - マネーロンダリングの可能性
IRSはマネーロンダリングに関する調査も行います。今回問題となっている送金の取引明細が「借入金」であった、との報道も気になる部分です。金融取引にかかる財産が何らかの犯罪収益であることを知りながら、その収益の性質や出所を隠蔽・偽装する目的でその金融取引を行った場合にはマネーロンダリングに関する罪に該当する可能性があります。もし、ボウヤー氏の指示の下で違法賭博のかけ金であると認識しながら、その性質を隠すために「借入金」と記載したとすれば、マネーロンダリングに関する罪という極めて重い刑罰を受ける可能性も捨てきれません。マネーロンダリングに関する罪は連邦法により、20年以下の禁固刑及び/又は50万ドル以下の罰金又は取引に関与した財産の価値の2倍のいずれか高い金額という罰則が定められています。 - 違法賭博事業への関与の可能性
万が一、水原さんがボウヤー氏の営む違法賭博事業へ関与しており、その事業を助けるような行為をしている場合には、違法賭博事業の共犯や幇助犯として罰せられる可能性もあります。この場合には連邦法で5年以下の禁固刑及び/又は2万ドル以下の罰金という罰則を受ける可能性があります。
- 脱税の可能性
4 圧倒的に刑罰が重い連邦法違反
ここまで見てきた通り、連邦法に違反した場合の刑罰は極めて重いということが分かると思います。皆さんもアメリカのニュースで「禁固100年」といった日本では考えられない刑罰を聞いたことがあると思いますが、アメリカでは刑期の長さは単純に足し算になります。仮に脱税、マネーロンダリング、違法賭博事業への関与が認められた場合には、刑期は相当長期になります。そのため、水原さんのボウヤー氏への関与の有無ということが極めて重要な事実になってくるのです。
以上