最新ニュースから学ぶ米国の法制度③(大谷選手の責任について考えてみる)-水原一平さん違法賭博問題-
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前回までのコラム(最新のニュースから学ぶ米国の法制度① 、最新のニュースから学ぶ米国の法制度② )に引き続き、水原一平さんの違法賭博問題について取り上げます。今回のコラムでは、皆さんが一番関心を持っていると思われる大谷選手の法的責任について、考えていきたいと思います。なお、繰り返しになりますが、ここで検討している内容は、本稿を書いている2024年3月23日時点での事実関係をもとにしていること、また事実関係に不確定な部分が多い(仮定の事実も多い)ことを前提にお読みいただければと思います。また、併せて、日本はもちろんのこと、米国においても、有罪の判決が確定するまでは無罪が推定されるという点は、是非とも心に留めていただきたいと思います。
1 刑事責任について
万が一、大谷選手がボウヤー氏への送金に関与していた場合には、以下のような刑事責任が生じうることになります。
- 違法賭博(参加)罪繰り返し述べているとおり、カリフォルニア州では(他州で合法なサイトであっても)オンラインカジノやスポーツ賭博は違法です。仮に、大谷選手がボウヤー氏に送金した金銭が借入金ではなく、「かけ金」であると認識し、その送金がカリフォルニア州で行われた場合には、違法賭博(参加)罪も成立しうるところです。ただし、既に述べてきているように 、今回の問題の爆心地がボウヤー氏という違法賭博のブックメーカーであることやそもそも違法賭博(参加)罪が軽犯罪に分類することなどから、通常、同罪で立件される可能性は極めて低いと考えられます。
- マネーロンダリングの可能性水原さんの法的責任について触れたコラム で述べましたが、金融取引にかかる財産が何らかの犯罪収益であることを知りながら、その収益の性質や出所を隠蔽・偽装する目的でその金融取引を行った場合にはマネーロンダリングに関する罪に該当します。万が一、大谷選手がボウヤー氏の指示や水原さんに説明を受けたうえで違法賭博のかけ金であると認識しながら、その性質を隠すために「借入金」と記載したとすれば、マネーロンダリングに関する罪という極めて重い刑罰に該当する可能性があります。ただし、マネーロンダリングに関する罪が成立するためには、単に違法なブックメーカーへの送金である、ということを認識しているだけでは足りず、その違法な事業を促進・ほう助する意図があることや所得隠しの意図があることを知っていたということまで要求されます。現時点での大谷選手側の説明、大谷選手が借金を返済してくれた、という水原さん側の当初の説明からは、これらのほう助の意図や所得隠しの意図を知っていた、という点まで立証することは難しいのではないかと考えます。もちろん、今後の捜査の状況を注視する必要があり、大谷選手がこの送金行為にどこまで関与し、仮に関与していたとすればどのような認識であったか(または、全く関与していないのか)、ということが極めて重要になってくるものと思われます。
2 民事責任について
次に大谷選手とドジャースとの間で何らかの民事責任が発生するかということも考えておく必要があります。当然両者の間で締結された契約内容次第、ということになるのですが、米国New Hampshire大学のIPモールにアップされているMLBの統一契約をもとに少し考えてみましょう(なお、いつの時点の統一契約か分からないため、現統一契約とは異なる可能性があります)。
- 統一契約に定めている各条項
- プレイヤーの一般的な義務プレイヤーは身体のコンディションを最高の状態に保つことに加え、スポーツマンシップ、フェアプレイ、高い水準での個人の行動責任を遵守することが求められています(統一契約第3条(a))。余談ですがスキーやサッカーなどのほとんどのコンタクトスポーツはクラブの許可がなければ禁止、ボクシング、レスリングは許可の有無に関係なく、禁止となっています(統一契約第5条(b))。面白いのは、バスケットボールに関しては、「プロリーグでの試合」のみが(クラブの許可なしでは)禁止されている点です。NBAとMLB両リーグで活躍したマーク・ヘンドリクソン選手といった特異なキャリアの選手がいることを反映しているのか、バスケットボールがレジャーとして浸透しているからかなどと想像してしまいます。
- プレイヤーが従うべきルール
プレイヤーはMLBの各規約に定められる全ての条項を遵守する必要がある、とされています(統一契約第9条(a))。 - クラブ側からの契約解除
プレイヤーがクラブのトレーニングルールに従わずコンディションを整えない場合やこの契約条項に反する重大な違反“Material breach”がある場合には、クラブ側は契約を解除することができます(統一契約第7条(b))。興味深いのは、クラブ側から契約解除をした場合には、「クラブは選手が自宅に戻るためのファーストクラスのチケット(機上での食事)を提供しなければならない」とされており、広大なアメリカを転戦するMLBならではの条項だと感じます。
- 大谷選手に契約違反は認められるか?大谷選手は大型FAでの移籍ですから、上記のような条項に加えて、より詳細な禁止事項や義務が定められていると考えられます。ただ、基本的には統一契約をベースにしているとも思われますので、大谷選手の契約には上記条項が含まれていると考えるのが自然ではないでしょうか。
- プレイヤーの一般的な義務違反
まず、今回のような報道が出たことをもって、「高い水準での個人の行動責任」に反する、という主張が考えられます。しかし、一般条項の文言は、義務としてはあまりに抽象的です。「高い水準」とは何かそもそも「個人の行動責任」とは何か、ということがはっきり決めるのが難しいですから、通常、このような一般条項違反での契約解除がされることはないでしょう。 - プレイヤーが従うべきルールに違反したこと
次に大谷選手がMLB規約で禁じている(この点は、第3項において触れます)違法賭博に関与したとして、統一契約第7条(b)違反している、という主張が考えられます。少なくとも現時点では、大谷選手が当該送金行為に関与したかどうかも含めて不明ですし、ドジャースとしては大谷選手との契約は継続したいと考えるでしょうから、このような主張がなされることはないと思います。一方で、MLB(機構)から大谷選手に対して、MLB規約に違反するとして何らかの処分が下された場合には、ドジャースはその事実をもって、統一契約第7条(b)違反を主張してくることになるでしょう。 - ドジャースから契約解除ができるか?
万が一、MLB(機構)から、大谷選手に対しMLB規約に違反したとして処分が下ったとして、ドジャースが契約解除をできるか、という問題を考えるときには、重大な違反“Material breach”という言葉を考える必要があります。これは、米国判例法上の概念で「債務者の不履行によって、債権者が自らの求める実質的な利益を得られない場合」を指します。つまり、単に「契約違反」というだけでは契約解除はできず、さらに進んで契約違反によってドジャースが考えていた利益を実現できない、ということが必要です。重大な違反かどうかについては、ⅰ非違反当事者(ドジャース)が享受した利益の金額、ⅱ非違反当事者の受ける不利益が損害賠償で補償できるか、ⅲ違反当事者(大谷選手)による一部履行の程度、ⅳ違反当事者が契約解除により受ける不利益、ⅴ違反当事者の故意または過失の程度、ⅵ違反当事者が契約の残部分について履行する蓋然性などを考慮して判断されることになります。
当然のことですが、ドジャースとしては、MLBから大谷選手に一定の処分が下っても、解除権を行使しない、という選択肢もあります。
- プレイヤーの一般的な義務違反
- 結論としてはMLB(機構)の処分次第少なくとも民事上の問題は、MLB(機構)の調査の結果やボウヤー氏にかかる疑惑についての連邦の捜査の進展を待って、ということになると思います。ドジャースとしても大谷選手を主力として獲得している以上、契約を継続する方向で動くと思いますから、よほどの事態が起きない限り、上で述べた契約解除のような事態は起こらないだろうと考えています。
3 MLB規約との関係
- 違法なブックメーカーでの賭博行為の禁止MLB規約“Major League Rule”との関係で言いますと、ギャンブルの禁止が規定されています。まず自らが出場しない試合であってもプレイヤーが野球について賭博を行った場合には、1年の出場停止になります(同規約第21条(d)(1))。次にプレイヤーが自ら出場する試合について、賭博を行った場合には永久追放になります(同規約第21条(d)(2))。最後にプレイヤーが違法なブックメーカーの主催する賭場で賭博を行った場合には、その行為の事実と状況に照らしてMLB(機構)の責任者であるコミッショナーが適切と考える処罰を与えることになります(同規約第21条(d)(3))。
今回、ボウヤー氏が主催している賭場は、違法である可能性が高いことから、大谷選手が同氏(又はその関係者)に送金を行った行為に関与し、その送金行為が「賭博行為」に該当すると評価されると、MLB規約第21条(d)(3)に基づき、何らかの処分をコミッショナーから受けることになります。 - 送金行為が借入金の返済だった場合は?仮にボウヤー氏への送金行為が「借入金の返済」だった場合には、どうなるでしょうか。先ほど取り上げたMLB規約では、“Any player who places bets with illegal book makers”(違法なブックメーカーで賭博行為をした)としか書いておらず、この文言からすると、単なる「借入金の返済」であれば、賭博行為とは言えないためセーフになりそうです。しかしながら、MLB規約には「野球の利益にならないその他のすべての行為、取引、慣行は禁止され、永久的な資格停止を含む罰則の対象となる。」(同規約第21条(f))と極めて広く罰則を適用できる条項が規定されています。“Conduct not to be in the best interests of Baseball”(野球の利益にならないその他のすべての行為)という表現はかなり抽象的ですが、同条項によりMLBが不祥事に対して広い権限を持っていることを示す条項であり、送金行為の名目のいかんにかかわらず、処分が下る可能性は否定できない、ということになります。
4 一言でまとめると「どこまで関与していたか」
ここまで検討してきた通り、今回、大谷選手が刑事、民事、MLB規約に基づき何らかの責任が生じるかどうかは、「ボウヤー氏に対する送金行為にどこまで関与していたか」に尽きる、ということになります。
大谷選手のファンの一人として、1日でも早くこの問題が落着することを心から祈っています。
以上