最新ニュースから学ぶ米国の法制度④(アメリカにおけるスポーツ賭博の実情)-水原一平さん違法賭博問題-
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連日にわたり報道されている水原一平さん違法賭博問題については、大谷選手が3月26日に会見を行ったことで、一定程度落ち着きつつあります。大谷選手は、違法賭博のブックメーカーであるマシューボウヤー氏への送金について明確に関与を否定し、疑惑を持たれている点については、背景事情も含め、誠実に説明をしました。コラム③で書いていた大谷選手の責任という点については、現時点ではいずれも問題となることはなく、ファンの一人として胸をなでおろしました。
さて、今回、「違法賭博のブックメーカー」とか「Draftkings等の合法スポーツ賭博サイト」とか「カリフォルニア州ではスポーツ賭博は違法」等といったニュースを聞いて違和感を感じた人も多いのではないでしょうか。つまり、「なぜ、『合法』スポーツ賭博サイトで賭けをすることがカリフォルニア州では『違法』なの?」「そもそもなぜ、州によって違法や合法の違いがあるの?」といった疑問です。今回は少し趣向を変えて、州と連邦の権限、という憲法問題に触れながら、アメリカにおけるスポーツ賭博の実情について、説明したいと思います。
1 転機となった2018年米国連邦最高裁判決
米国のスポーツ賭博規制は、1992年に成立したプロアマスポーツ保護法(PASPA)までさかのぼることになります。この法律(連邦法)は、各州の政府がスポーツ賭博事業を運営することや一般の事業者に対して運営の許可を与えることを禁止していました(成立当時既に合法なスポーツ賭博を運営していたネバダ州等を除く)。もともとスポーツ賭博の合法化を推進しようとしていたニュージャージー州は、2011年に行われた住民投票での圧倒的賛成(64%)を背景に、2012年に州内でのスポーツ賭博を許可する州法を成立させました。これは、もちろんPASPAに反する法律ですから、MLBを含む米国4大スポーツを運営する機構側や司法省が、州法の施行の差し止めを求める訴訟を提起しました。それに対し、ニュージャージー州側は、PASPAが合衆国憲法修正10条(「州権限の制限」に関する規律)に反して、違憲であると主張し、争いました。控訴審まで激しくその合憲性が争われたものの、この裁判ではPASPAは合憲と判断され、ニュージャージー州側は敗訴します。
そこで、2014年、ニュージャージー州は、上記2012年のスポーツ賭博を許可する州法の文言を修正し、さらに、1977年に制定されていたスポーツ賭博を禁止することを定めた州法を廃止することでスポーツ賭博を事実上合法化することを試みます。これに対して、新たに米国4大スポーツの運営機構側が州法の施行の差し止めを求める訴訟を提起しました。この2014年改正法の適法性について、米国の連邦最高裁判所が判断を下したのが2018年判決です。2018年判決では、PASPAは、合衆国憲法修正10条に反するものであり、憲法は連邦議会に対し州ではなく、個人を規制する権限を与えており、連邦議会は直接スポーツ賭博を制限する法律を制定することはできるが、連邦の意に沿うような規制を制定するよう州に対し強制することで州の立法過程を連邦議会の思い通りにすることはできない、としました。つまり、PASPAがスポーツ賭博を規制することが違憲、ということではなく、あくまで「州にそのような規制を強要することが連邦議会の権限を越えており、違憲」としたのです。そういう意味では、今後、連邦議会がスポーツ賭博を問題視し、米国全土の「個人に対し」規制をすることは理屈上、可能である、ということです。
2 連邦と州の苛烈な「権力闘争」
日本のような単一国家(統一された中央政府により統治される主権国)からは想像できませんが、アメリカのような連邦国家では、州政府と連邦政府がしばしば対立し、権力の綱引きを常にしている状態にあります。特にアメリカは、共和党と民主党というスタンスの異なる2大政党が一定期間ごとに政権交代を繰り返しており、州ごとに多数派となる政党が異なる国であることから、連邦が定めた法律に反する州法が定められることがあり、その合憲性等が争われることも珍しくありません。記憶に新しいところでいうと、2022年、妊娠15週以降の中絶を禁止するミシシッピー州法が合憲とされ、1973年に連邦最高裁判所自身が女性の中絶権を認めた判決を覆した最高裁判決があります。この判決を受けて、バイデン大統領は、国民の憲法上の基本的権利を奪い取ったと連邦最高裁判所を厳しく非難しました。この判決は、正確には連邦最高裁判所が自らの判断を50年後に覆した、という事件ですから、州政府対連邦政府の構図ではありませんが、この判例の受け止め方を見れば、連邦政府と各州政府のスタンスが大幅に違うことがよくわかります。なお、この判例も極めて重要で、米国の判例法などを考えるために絶好の事件でありますが、詳細はまたの機会に譲りたいと思います。
3 現在のスポーツ賭博規制は・・・
2018年の連邦最高裁判決を受けて、PASPAは廃止されました。これが何を意味するかというと、各州は自らの裁量でスポーツ賭博の許可や運営することが可能となったということです。その後現在に至るまで全米38州において、スポーツ賭博を合法化する法案が可決し、多くの州でスポーツ賭博を楽しむことができるようになりました。一方でカリフォルニア州では、2022年にスポーツ賭博(及びオンライン賭博)を合法化する住民投票が行われましたが、結果として、約67%の有権者が反対票を投じ、否決されました。つまりカリフォルニア州では現在も、Draftkingsといった他州で「合法な」サイトにアクセスし、賭博をすることも「違法」という状態になっています。実際にDraftkingsのサイトにアクセスしてみると、カリフォルニア州といったオンライン賭博が違法な州を意識してか、「Hey California」との文字とともに「あなたの州ではオンラインスポーツ賭博は利用できませんよ!」という表示がされます。ただ一方で「でも、Sign upして最新の賭けの状況は見ることができるから、登録だけでもしていってね」という表示がされ、(実際賭けができるかどうかは不明ですが)どんな試合がどのようなレートで動いているかというのが見られるようになっています。
4 スポーツ賭博の功罪
各州がスポーツ賭博を推進する一番の理由は「税収」に尽きます。そもそも合法化前からスポーツ賭博は事実上行われていました。スポーツ賭博合法化を積極的に推進する州では積極的にスポーツ賭博市場を州政府がコントロールすることで、税収を増やし、その分、ブラックマーケットに流れるお金を減らすことを考えたのです。私のコラムを読んでいただいている読者の方は「あれ?どこかで聞いたことある話だな」と思ったかもしれません。これは以前、大麻使用の合法化のコラムでも触れた論理と全く同じです。一方で、スポーツ賭博反対派は、やはりスポーツ賭博が賭博依存症を増やすリスクがあること等を理由に反対しているのです。
5 ネバダ州の次にスロットマシンが多い州はカリフォルニア州!?
賭博といえば、ラスベガスがあるネバダ州を想像する人が多いのではないでしょうか。驚くべきことに2022年のAmerican Gaming Associationの調査によると、スロットマシンの設置数ランキングでは、そのネバダ州に次いでカリフォルニア州が全米で2位となっています。「え!?カリフォルニアでは賭博が禁止されているって散々言ってきたじゃないか!」と驚いた方もいらっしゃると思います。基本的にカリフォルニア州では賭博は禁止されていますが、州が特別に許可した賭博については、合法的に行うことができます。そのうちの一つがTribal Casino(部族カジノ)と呼ばれているネイティブアメリカンの居留地で行われているカジノで、このようなカジノに行けば、カリフォルニア州でもネバダ州と同じようにスロットマシンを使った賭博を楽しむことができます。このようなカジノ経営は、連邦政府が公式に認めた部族に対してのみ許され、ネイティブアメリカンの貴重な産業の一つとなっています。一方でこのような「公式認定カジノ」が「利権と分断」を生んだり、経営に失敗し、かえって生活に困窮する部族が生まれるなど様々な問題もはらんでいます。カリフォルニア州の郊外を運転していると、突然豪奢なカジノ施設を見ることがありますが、これがTribal Casino(部族カジノ)であり、かつてその土地にネイティブアメリカンが住んでいた、ということを意味します。Tribal Casinoについては、「紛争でしたら八田まで」(作者:田素弘、出版社:講談社)という漫画でも取り上げられていますが、その利権構図や問題点にも切り込んでいて非常に面白いので、おススメです。
また、これも余談ですが、カリフォルニア州では、Tribal Casino(部族カジノ)のほかにCard Roomというポーカーなどのクラシックなカードゲームを楽しめる賭場も許可されています。「水原さんはボウヤー氏とサンディエゴのポーカールームで知り合った」と報道されていますが、ここでいう「ポーカールーム」とはおそらく合法であるCard Roomのことであろうと思われます。
6 マシューボウヤー氏の営む「違法」賭博とは?
さらに今回のニュースをややこしくしているのが、マシューボウヤー氏の営む「違法」賭博です。PASPAの廃止により、スポーツ賭博を許可するかどうかについては、各州が裁量を持つことになりました。しかし、何の規制もなく、誰もが自由に賭博事業を行えるようになったわけではなく、基本的に州法や州以下の政治主体、例えばCity(市)の規制に反する賭博は、違法ということになります。具体的には、①その事業が行われている州(や市)の規制に違反していること、②当該事業の全部または一部を実施、資金調達、管理、監督、指揮、または所有する5人以上の人物が関与していること、③30日を超える期間、実質的に継続して運営されているか、または1日の総収入が2,000ドルであることを満たす場合には、「違法賭博事業」として規制され、これに反する者は、連邦法で5年以下の禁固刑及び/又は2万ドル以下の罰金という罰則を受ける可能性があります(18 U.S. Code § 1955)。ボウヤー氏の営む事業は、カリフォルニア州に拠点があると報道されています。そうすると、ボウヤー氏の営む賭博事業は、カリフォルニア州法で許可されていない賭博であることから、連邦法上、違法賭博事業、ということになります。つまり、ボウヤー氏の営む「違法」賭博とは、「(州法ではなく)連邦法に違反して違法」ということを意味します。
7 カリフォルニア州民のリアルな意見
生まれも育ちもカリフォルニア州で、現在もカリフォルニア州に在住している私の友人の一人に賭博依存症について、意見を聞く機会があったので、できる限り、原文のままご紹介いたします。当然のことながら、彼女の意見はあくまで「一個人の意見」に過ぎないことにご留意ください。
- カリフォルニア州民の賭博に対する意識はどのようなものだろうか?2022年の住民投票でスポーツ賭博の合法化が否決されたということは、賭博に対する抵抗感は強いのだろうか?
- 友人や家族、特にアジア系アメリカ人は、カジノ、スポーツ賭博、ファンタジーゲームという文脈では賭博が合法であると理解しています。賭博が不道徳だからという理由でギャンブルに強い抵抗があるとは思えません。私の推測では、Prop26と27(※著者注:2022年に行われたスポーツ賭博合法化の法案のこと)に対する抵抗は、賭博の合法化によって誰が利益を得るかということに関係しているのではないでしょうか。カリフォルニア州では他にも多くの問題が山積しているため、ほとんどの人は自分たちにどのような利益があるのか分からなかったのです。私が知っている限り、2022年のProp26と27に反対票を投じたのはアジア系アメリカ人で、彼らは自分自身や家族、友人の賭博依存症が原因で、人生で不幸な出来事を経験したからです。アジア系アメリカ人のコミュニティ以外の人々が、アジア系アメリカ人が直面しているギャンブル依存症というユニークな問題を認識していないかもしれないが、アジア系アメリカ人はほとんど認識していると思う。私の推察ですが、Prop26と27は、アジア系アメリカ人のコミュニティの中で、賭博依存症を悪化させるだけだとみなされ、支持されなかったのだと思います。私が何年も前に仕事を通じて提携していた団体で、サンフランシスコのNICOS Chinese Health Coalitionという、アジア系アメリカ人コミュニティの賭博依存症対策に力を入れている団体があります。彼らの活動は、アジア系アメリカ人のギャンブル依存症に対する意識を高めています。
- カリフォルニア州民にとって、州内の賭博が違法であることは常識なのだろうか?
- 一般的な知識ではないと思います。積極的な有権者で、さまざまな議案が提案されていることを知っている人は、2022年(著者注:2022年に行われた住民投票のこと)にこのことを知るかもしれません。また、賭博に関わるようになってから、この法律を知る人もいるでしょう。しかし、ほとんどの場合、これは一般常識ではないと思います。特に、違法ギャンブルはメディアで公表されることはありませんから。そして、カリフォルニア州やラスベガスのカジノで賭博をすることになった多くの人々は、カジノでは合法なのだから、賭博はどこでも合法だと思い込んでしまう可能性がある。メディアやインターネット上のスパムやフェイクニュースを見抜くのは難しいのと同様に、特に熱心なギャンブラーでない限り、ほとんどの人は合法サイトと違法サイトの見分けがつかないと思います。違法な賭博サイトにアクセスすることは容易なことです。それは規制されていませんし、ソーシャルネットワークサイトで様々な形で(スパム)広告として表示されています。人々は現金を獲得するためにオンラインで気軽にゲームをプレイし、賭博をすることができるので、オンラインプラットフォームではすべての賭博が合法であると考えるのは簡単なことです。どのようなギャンブルが合法か違法かを深くは考えていないのです
8 賛否両論のスポーツ賭博
カリフォルニア州に住んでいる彼女もやはり「賭博依存症」ということについては、関心が高く、実際に苦しんでいる家族や友人が周りにいるため、極めて身近な問題である、と考えているようです。またWeb広告で違法賭博サイトへのリンクが氾濫しているため、違法サイトと合法サイトの区別がつかないのではないか、というところも興味深い意見でした(もちろん、水原さんがボウヤー氏の賭博を違法と認識し得たかどうか、というのは必ずしもこのような一般論が妥当するものではなく、捜査上の裏付けをもってこれから具体的に明らかにされる部分かと思います)。
アメリカのシンクタンクであるPew Researchの調査によると、スポーツ賭博が合法化されたことについて、社会にとって良いことであると考える人が8%であるのに対し、悪いことであると考える人が34%と、圧倒的に悪影響があると考えている人が多いことが分かります。一方で、スポーツ賭博が社会に悪影響であると回答したのは、50歳以上の回答者のうち41%であったのに対し、50歳未満の回答者のうち27%であったということも非常に示唆に富むもので、Web広告等から違法賭博サイトに誘導されている、という友人の指摘と合致する傾向であると感じました。
以上