第219回 定年後再雇用の留意点・再考〜長澤運輸事件最高裁判決(平成30年6月1日)を受けて〜
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- はじめに第176回のコラム「定年後再雇用の留意点」を執筆した平成27年8月以降,労働契約法20条をめぐる裁判例の蓄積が進むとともに,平成28年12月の同一労働同一賃金ガイドライン案の公表,働き方改革関連法案のとりまとめなどを通じて,無期契約労働者と有期契約労働者の均等待遇に関する議論には大きな動きがありました。そのような流れの中で,平成30年6月1日,定年後再雇用の有期契約労働者と無期契約労働者との間の賃金の相違について争われた長澤運輸事件の最高裁判決(以下「本件判決」といいます。)において,定年後再雇用の従業員の労働条件について一定の判断がなされました。
- 労働契約法20条について本件判決では,定年後再雇用の有期契約労働者と無期契約労働者の賃金の相違が労働契約法20条に違反するか否か,という点が争点になっていますので,最初に,同条の内容を確認したいと思います。
<労働契約法20条>(下線及び番号は筆者記載) 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が,期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては,当該労働条件の相違は,
①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)
②当該職務の内容及び配置の変更の範囲
③その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。
上記の条文の内容について押さえておくべき点としては,まず,有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が「期間の定めがあることによる」場合を対象としている,ということです。そして,労働条件の相違が不合理と認められるものかを検討するにあたっては,①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務内容),②職務の内容及び配置の変更の範囲(変更範囲),③その他の事情を考慮する,ということも押さえておく必要があります。
なお,現在国会で審議中の働き方改革関連法案では,現行の労働契約法20条は削除され,改正されるパートタイム労働法(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)において同一の内容が規定されることになる予定です。
- 本件判決についての若干の検討
(1) 本件判決については,1審(東京地判平成28年5月13日)で従業員側が全面勝訴し,2審(東京高判平成28年11年2日)では逆に会社側が全面勝訴していたことや,定年前後で職務内容や変更範囲が変わらないまま30%〜40%程度賃金を引き下げることが一般的に行われているという社会的実態があること等から,最高裁の判断が非常に注目されていました。
(2) 本件判決の判断基準に関する部分のうち,押さえておくべきポイントは,以下の1点であると思われます(以下では,本件で原告となった従業員を「Xら」,被告となった会社を「Y社」といいます。)。
ア まず,有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることが上記の労働契約法20条の「その他の事情」に当たる,と判断された点です。この点については,1審,2審の判断が割れていましたが,最高裁は,有期契約労働者が定年退職後再雇用された者であることが無期契約労働者と有期契約労働者の労働条件の相違の合理性の判断にあたって考慮されうる事情であることを明確にしています。
イ 次に,有期契約労働者と無期契約労働者との賃金の相違の合理性を判断するに当たっては,賃金の総額を比較することのみによるのではなく,賃金項目の趣旨を個別に考慮すべき,と判断された点です。1審,2審が全体的な賃金額の差を重視して検討し,100か0かの結論を出したのに対し,最高裁は,個々の賃金項目ごとに,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮して合理性を判断するという姿勢を打ち出しました。これは,同一労働同一賃金ガイドライン案や同日に判決が出されたハマキョウレックス事件の最高裁判決と同様の考え方に立つものと考えられます。
(3) そのうえで,最高裁は,各賃金項目における正社員と定年後再雇用された嘱託乗務員との労働条件の相違の合理性を検討し,精勤手当及び超勤手当(時間外手当)の相違についてのみ不合理と認められると判断しました。その判断には,ある程度一般化が可能なものと,Y社特有のものとが両方含まれています。
まず,精勤手当,超勤手当(時間外手当),役付手当,住宅手当,家族手当,賞与に関する判断については,本件特有の事情はそれほど含まれておらず,ある程度一般化が可能なものと考えられます。言い換えれば,定年退職時の退職金の支給,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間の調整給の支給等の一定の手当てがなされていれば,定年退職前後で職務内容や変更範囲に変化がなくとも,正社員と定年後再雇用者との間の役付手当,住宅手当,家族手当,賞与についての相違が不合理と判断される可能性は低いものと思われます。
一方で,いわゆる「基本給」(Y社における正社員の基本給・能率給・職務給と嘱託乗務員の基本賃金・歩合給)の部分については,Y社の賃金体系の具体的な検討に基づいて不合理とは評価できないとの判断がなされており,一般化は困難であると考えます。Y社においては,この部分の相違に限ってみれば,正社員と嘱託乗務員の差は大きくなく,かつ賃金体系としても単純に嘱託乗務員の賃金を低くしたとは言えないところがあります。
(4) 本件判決では,結果としてXらの請求の大部分は認められませんでしたが,本件判決で示された考え方に基づけば,正社員と定年後再雇用者の賃金の相違について,賃金項目ごとに,定年後再雇用であるという事情と当該賃金項目の性質の双方を考慮して合理性を検討する必要があることになります。この点を考慮すると,必ずしも使用者側に有利な判決とは言えないと考えます。
そして,2審である程度重視されていた,定年前後で職務内容や変更範囲が変わらないまま30%〜40%程度賃金を引き下げることが一般的に行われているという社会的実態については本件判決では触れられておらず,今後はこのような実態を根拠に定年後再雇用者の賃金を低く設定しても合理性が認められる可能性は低いと考えます。
今後の企業側の対応としては,まずは,正社員と定年後再雇用者との間で,職務内容及び変更範囲について差異を設け,当該差異に基づいて賃金に差をつける,ということを原則に考えるべきであり,職務内容や変更範囲について差異をつけにくい場合(Y社のような運送業はまさにそのような業態に当たります。)には,本件判決の判断内容も参考にして,合理性を認められやすい賃金体系を構築する必要があると考えます。
以下に本件判決の概要をまとめておりますので,ご参考までにご確認いただければ幸いです。
<本件判決の概要>
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