映画で学ぶアメリカ大統領選挙 ―スイング・ステートが描く政治とカネ―
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今年の11月には全世界が注目するアメリカ大統領選挙が行われます。バイデン大統領が大統領選からの撤退を表明し、副大統領候補だったカマラ・ハリスがスライドする形で大統領候補として選挙活動を行っています。
日本では自民党による政治資金の裏金問題で政治不信が高まりましたが、政治とカネは切っても切り離せない関係にあります。選挙では人件費、広告費、活動費として多額のお金が動き、特に大統領選挙ともなるとその金額は我々の想像をはるかに超えるものとなります。
今回は、アメリカにおける選挙のお金の話をコミカルに描いた「スイング・ステート」(2020年)をご紹介しながら、アメリカ大統領選の鍵を握る「スーパーPAC」とそれにまつわる法律のお話をしたいと思います。
1 スイング・ステートのあらすじ
ヒラリー・クリントンの選挙参謀を務めていたゲイリーは、大統領選の敗戦で意気消沈していた。そんなとき、ウィスコンシン州の田舎町で不法移民を擁護する感動的な演説を行うヘイスティングス大佐の動画をYouTubeで見つけ、中西部での民主党票の復活の希望を彼に見出す。早速、大佐のもとを訪れ、なんとか町長選への出馬を取り付けたゲイリーだったが、現職(共和党)の町長の陣営に因縁のライバルであるフェイスが選挙参謀として加わり、あの手この手でゲイリーの前に立ちはだかるのだった。田舎町を舞台に民主党と共和党の巨額を投じた代理戦争が幕を開ける。
さて、題名であるスイング・ステート(揺れ動く州)というのは、「大統領選における勝利政党の変動しやすい激戦州」のことをさし、まるで振り子のように勝ち負けが揺れることから「スイング」ステートと呼ばれています。この映画で舞台となるウィスコンシン州は、現実世界においてもスイング・ステートの1つであり、民主党と共和党の激しい票取り合戦が行われる州なのです。
2 笑えるコメディでありながらアメリカの選挙が分かる素晴らしい映画
この映画の素晴らしいところは、選挙というお堅いテーマでありながら、肩ひじ張らずに大笑いしながら見られるコメディに仕上がっているところです。主人公のゲイリーとライバルであるフェイスのやり取りはとにかくえげつなく、その罵倒の応酬には笑わずにはいられません。ゲイリーはこのウィスコンシン州の田舎町を徹底的に下に見ており(都会から田舎町に来てやった感)、切迫感漂うゲイリーと田舎町ののんきなボランティアの対比も笑えます。また多様性社会の実現を訴えるヘイスティングス大佐の選挙参謀であるゲイリーが差別的発言をガンガンするのも皮肉がきいています。
さらにこの映画にはもう1つテーマがあり、アメリカの選挙における「政治とカネ」の問題に切り込んだ内容となっていて、単なるコメディ映画に留まらない懐の深さがあります。エンドロールでこの映画の「ある仕掛け」について、現役の弁護士が懇切丁寧に解説してくれるという「解説動画」がついているのですが、大真面目に解説している弁護士の姿を見るだけで爆笑できます。
さて、ここからが今回のコラムの本題ですが、この映画では「スーパーPAC」という団体が大きな鍵を握ります。スーパーPACは大統領選でも非常に重要な役割を果たし、現在の選挙戦になくてはならない存在です。今回は、このスーパーPACについて、解説していきたいと思います。
3 スーパーPACとは?
PACとはPolitical Action Committeeの略で、政治活動委員会と訳されます。PACは、立候補者自身ではなく、企業や一般市民グループなどが設立する任意の組織で、立候補者からは独立した組織、という位置づけになります。
もともとアメリカでは政治団体への献金に上限を設けていました。これは当然、政治が富を持つ者の意見により左右されないようにする安全弁の役割を果たしていました。しかし、連邦裁判所は、2010年にこれを覆す判決を出します。候補者と直接意思を通じることなく支出を行う政治団体に対する寄付の金額について、制限をかける法律を違憲としたのです(SpeechNow. Org. v. FEC 判決(599 F. 3d. 686 (D.C. Cir.2010))。すなわち、この判決以降、PACに対する支出は、無制限となったのです。寄付額が青天井となったことでPACは「スーパーPAC」と呼ばれ、その潤沢な資金を背景に候補者をサポートしています。スーパーPACから直接、候補者に献金などはできませんが、意見広告、対立候補へのネガティブキャンペーンなどを張り、選挙戦の行方を握る重要な組織となりました。
日本で言うと「後援会」になるのでしょうが、大統領選ともなるとその金額規模や人的な規模はまさに桁違いで2020年の大統領選では34億ドル超もの金銭をスーパーPACが集めたと言われています。
法律の建前としては、候補者の選挙活動の本拠となる公式の組織と任意団体であるスーパーPACは別組織、というわけです。映画スイング・ステートでもスーパーPACが組成される様子が描かれています。田舎町の小さなオフィスの中に選挙事務所とスーパーPACの事務所があり、ボランティアメンバーも兼任なのですが、ゲイリーはあくまで「別組織だ」と言い張ります。この映画ではスーパーPACが政治資金の規制を形骸化し、選挙戦がマネーゲームと化したことを皮肉りながら、警鐘を鳴らしています。
4 カマラ・ハリスが大統領候補になった裏にもカネの問題?
バイデン大統領が大統領選からの撤退を発表した後、即座にカマラ・ハリスが大統領候補にスライドすることとなりました。彼女が副大統領を4年間務めていた実務経験やアメリカ初の女性大統領へ、という大義名分、年齢などの要素もあると思いますが、この迅速な判断の裏には政治資金の問題もあると言われています。
バイデン大統領は、大統領選のための資金として9600万ドルの政治資金を集めていました。これは任意団体であるスーパーPACではなく、バイデン大統領の公式の選挙活動委員会ですから、その資金の使途はバイデン大統領の選挙戦に限定されます。この献金は「バイデン大統領候補、カマラ副大統領候補選挙活動委員会」として集められたものですので、カマラ・ハリスが利用することは問題ありませんが、カマラ・ハリス以外の民主党の候補については、利用できない(少なくとも全額にアクセスできない)という問題がありました。選挙戦はお金があればあるほど有利に働くことから、当然、既に集まった潤沢な資金を無駄にするわけにはいきません。ただでさえ出遅れている選挙で0から資金調達を行うことは現実的ではなく、9600万ドルにアクセスできるカマラ・ハリスが地滑り的に大統領候補になった、というわけです。
なお、仮にカマラ・ハリス以外が候補になった場合には、スーパーPACに資金を移転し、事実上新大統領候補の選挙資金とする、というスキームも考えられていたようです。
5 政治とカネの問題は万国共通
政治とカネの問題で揺れた日本では、今年の6月に改正政治資金規正法が成立しました。この改正法は、「ザル法」と言われ、多くの批判を浴びています。アメリカのスーパーPACは政治資金規正をかいくぐる「ザル」そのものであり、富裕層による政治介入が懸念されているところです。
ハリス陣営は8月に3億6100万ドルの政治資金を集めたと発表しました。一方で、起業家のイーロン・マスクがトランプ陣営を支持するスーパーPACに月4500万ドルを献金すると発表しています。大統領選という「マネーゲーム」がどのような結末を迎えるか注目したいと思います。