トランプ関税判決の核心と影響-誰が“保守”だったのか?-
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1 はじめに
先日、アメリカの連邦最高裁で、いわゆる国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく「トランプ関税」が大統領の権限を逸脱しており、違法であるとの判断を下しました。
ニュースでは「トランプ大統領敗訴」「看板政策に打撃」といった見出しが目立ちましたが、法的観点から見ると、本判決は極めて示唆に富む内容を含んでいます。特に注目したいのは、この判断を下したのが、保守派が多数を占める現在の最高裁だったという点です。一見すると意外にも思えますが、実はここに、アメリカの法制度らしさがよく表れています。
なお、4項で述べるように一言で「トランプ関税」といってもIEEPAに基づくものや通商法に基づく課税(例えば、日本の自動車に対する関税は通商法232条に基づいています)を広く含みますが、本コラムでは主としてIEEPAに基づく関税を指して「トランプ関税」と表記しています。
2 判決の概要
(1) 州政府vs連邦政府
本件で訴訟を提起していたのは、教育用玩具製造の中小企業(Learning Resources, Inc. v. Trump)、ワイン輸入業者など中小企業に加え、カリフォルニア州といった民主党系州を中心とした複数の州(Trump v. V.O.S. Selections)です。これらの当事者は、トランプ関税によって、企業活動に直接的な損害が生じただけでなく、州経済や雇用にも影響が及んだとして連邦政府を相手として訴訟を提起しました。
アメリカでは、州政府が連邦政府を訴えることは必ずしも珍しくありません。これは、連邦政府と州政府は、憲法上明確に権限を分け合っており、いわばそれぞれの「縄張り争い」が生じやすい構造にあること、また両者の政治的基盤が異なる場合に政治的対立が司法の場に持ち込まれやすい、という事情があるからです。
(2) 何が争点となったか?
トランプ大統領は、国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠として関税を課しました。同法は、米国の国家安全保障や経済に対する異例かつ重大な脅威が存在すると大統領が認定した場合、輸入・輸出を調査・規制・禁止する権限を大統領に付与しています。トランプ大統領は、カナダ、中国、メキシコから流入する合成麻薬フェンタニル(いわゆる「ゾンビドラッグ」)が公衆衛生上の危機を生んでいること、また、貿易赤字が米国の製造業を空洞化させていることを理由に、IEEPAに基づく「必要な措置」として関税を課しました。
本訴訟における最大の争点は、「IEEPAが定める「輸入・輸出を調査・規制・禁止する権限(regulate importation)」に、関税を課す権限が含まれるか」という点でした。
(3) 判決の概要―トランプ関税の政策自体を否定したものではない最高裁は、以下の理由から、トランプ関税の有効性を否定しました。
① 課税権は憲法上、議会に専属するという厳格な原則が存在すること
② 仮に議会が課税権という特別かつ異例の権限を大統領に委ねる意図があったのであれば、法律上、明示的に規定されているはずであること
③ IEEPAの文言には、関税を課す権限への言及が存在しないこと
④ 「規制する(regulate)」という語の辞書的意味から、課税権を導くことはできないこと
⑤ 議会は、立法実務上、一貫して「規制」と「課税」を明確に区別してきたこと
⑥ IEEPAは輸出も規制対象としているが、輸出税は憲法上明確に禁止されていることから、文言上「課税権」を読み込むことはできないこと
⑦ 規制(regulate)と並列されている動詞はいずれも制裁や統制を目的とするものであり、歳入を得ることを意味する動詞が含まれていないこと
そして最高裁は、連邦政府が主張した「関税は商取引規制の一形態として用い得る」という論点自体が誤りであり、本件の核心は、議会が『輸入を規制する』という文言によって、大統領に関税を課す裁量を与えたか否かに尽きるとして、これを明確に否定しました。
少しわかりづらいですが、憲法において課税権は議会に属しており、仮にそのような重要な権限を議会が大統領に渡すのであれば、法律でもっとはっきり書くはずでしょう、IEEPAにはそんなこと書いてないよね、というのが最高裁の論理です。
つまり、最高裁は、トランプ関税という政策自体の是非については一切判断していません。これは、政策判断は議会および行政に委ねられ、裁判所はその当否を判断しないという、最高裁の伝統的スタンスに沿うものです。
3 「保守」の裁判所と「リベラル」なトランプ?
さて、現在の連邦最高裁は共和党政権により任命された保守派の判事が6名、民主党政権により任命されたリベラル派の判事が3名という構成になっています。そのため、保守優勢の最高裁が、保守政権の目玉政策を否定したことが「サプライズ」として報じられています。
しかしながら今回の判決は極めてオーソドックスな「保守派司法」の論理になっています。
一般論として、保守派司法は歴史的文脈を重視し、制度・権限・法律文言を厳格かつ限定的に解釈する傾向があります。新たな権利や権限の創設には慎重であり、先例や文言から解釈を導くことこそが裁判所の役割であると考えます。
これに対し、リベラル派司法は、現実社会で生じている問題を重視し、柔軟な法解釈によって弱者救済や人権・平等の実現を裁判所が主導的に担うべきだと考える傾向があります。
今回の判決は大統領が輸入を規制する権限(regulate importation)という文言を歴史的背景、またその文言の辞書的な意味からどう解釈すべきか、という点から論じられており、その意味で極めて「保守的」な判決といえます。
一方で、トランプ政権は、関税措置が否定されれば、企業・雇用・サプライチェーンに深刻な混乱が生じることを強調し、貿易赤字によって弱体化した米国の製造業や労働者という「弱者」を保護するため、regulateという語の解釈を拡張すべきであると主張しました。これは、弱者保護のために法解釈を拡大すべきだとする、リベラル派司法的な論法といえます。
この点で、本件は、共和党(保守)のトランプ政権が、極めてリベラル的な法解釈論を展開したことを浮き彫りにした判決でもあります。そもそも貿易赤字は1970年代から続く構造的現象であるにもかかわらず、これを「緊急事態」と位置付けて市場介入を正当化する姿勢は、少なくとも伝統的な保守的国家観とは親和的とは言い難いでしょう。
「トランプ関税」とは、保守的な目標を、リベラル的な手法によって達成しようとした政策と評価することができそうです。
4 日本への影響は?
(1) トランプ関税は払い戻されるのか?
政府データによると、米国はすでにIEEPA法を利用して少なくとも1300億ドル超の関税を徴収しており、日本に対しても2025年度には3億6940万ドル、2026年度には16億6000万ドルが課されています。
理論上はトランプ関税が無効となれば、これまで徴収された関税は無効となり、アメリカ政府は返還義務を負うことになります。しかし、最高裁判決は還付手続の具体的内容には触れておらず、関税が自動的に返還されるわけではありません。
実務上考えられる手段としては、
① 未清算の通関品については、CBPに対して事後修正を行うこと
② 清算済みの通関品については、CBPに対してForm 19を提出しProtest(不服申立)を行うこと
③ CIT(米国際貿易裁判所)へ訴訟提起をすること
が挙げられます。
現実的には清算済みの通関品については、②の方法が中心となるでしょう。しかしながら、このProtestの手続については、清算(liquidation)から180日以内に行われる必要があります。この期限を過ぎると、還付を受けられず、訴訟提起などの高コストの手段に頼らざるを得なくなります。DDP取引などで関税を負担した会社は速やかにProtestに向けた手続を行う必要があります。
また、直接関税を負担していない場合であっても、トランプ関税を理由に値上げを受けていた日本企業は、速やかに取引条件の是正や還付に伴う「過払い」となった値上げ分の返還などを米国企業側と交渉する必要があるでしょう。
(2) 今後、トランプ関税は骨抜きになるのか?
トランプ政権は、この判決を受けて即座に通商法122条に基づき、全世界に対する関税を15%とすることを発表しました。また、従前からトランプは最高裁での敗訴の場合には、輸入ライセンスの導入を含めたあらゆる関税代替措置を検討することを仄めかしています。
そのため、今回の最高裁判決をもって混乱が収束すると見るのは楽観的にすぎません。輸入ライセンスによる事実上の商取引規制は、課税と同視され、議会の課税権を侵害するものとして違法と評価される可能性も十分あると考えられますが、仮に導入された場合、再度の司法判断が下るまでには数カ月から数年を要する可能性があります。
また、鉄鋼・アルミニウムに対する関税や自動車に対する関税については、IEEPAに基づく関税ではないため、今回の判決の射程外となっています。つまり「トランプ関税」と一言にいっても、IEEPAに基づく関税や通商法に基づく関税等が混在しており、今回の判決で違法とされたものはIEEPAに基づく関税のみで、その他の関税は依然として有効となっています。
いずれにしても、本判決がトランプ政権に対する一定の牽制となったことは間違いありません。他方で、政権による最高裁への強い反発や強硬姿勢を見る限り、「関税戦争」が継続し、日本企業が巻き込まれる構図は当面続く可能性が高いといえます。今後も、最新動向を継続的にフォローしていくことが不可欠でしょう。